第1回、第2回は、危機管理対策の先進国である米国の状況を紹介する。同国の危機管理対策は、2001年9月11日に発生した同時多発テロを機に、大幅に見直された。その後も、過去の災害事例の教訓などから、随時見直しがかけられている。


 第1回では、過去の事例で浮かび上がってきた米国の課題を示した。ただ、このようなさまざまな課題を基に随時見直されている米国の危機管理体制が、全世界の中で進んでいることに変わりはない。そこで以下では、米国連邦政府が取り入れている危機管理手法「インシデント・コマンド・システム(ICS)」と、状況認識を統一するための概念「コモン・オペレーショナル・ピクチャ(COP)」を紹介する。

組織連携・運営を効率化するICS

 ICSは、危機管理に対応する組織を効率よく連携・運営するための仕組みである。基本理念から業務プロセスまで細かく規定されており、FEMAだけでなく、州・市レベルの関連機関も、危機管理の基本として導入している。

 元々ICSは、1970年にカリフォルニア州で発生した森林火災をきっかけに作られた。森林火災は行政区域に関係なく発生し、その対応には消防や警察、運輸、医療といったさまざまな行政機関が効率よく連携することが求められる。連邦政府と州、地方自治体間の調整も必要だ。カリフォルニア森林火災でこれらができなかったという反省から、緊急事態にかかわる組織が協力して対応を行えるよう、共通化した対応策として構築された。

 ICSは、「指揮・調整」「事案処理」「情報・作戦」「資源管理」「庶務・財務」という5つの組織で構成する(図1)。

図1●ICSを構成する5つの組織出典:危機管理社会の情報共有研究会著、山下 徹監修、『危機管理対応社会のインテリジェンス戦略』、日経BP企画、2006年
図1●ICSを構成する5つの組織出典:危機管理社会の情報共有研究会著、山下 徹監修、『危機管理対応社会のインテリジェンス戦略』、日経BP企画、2006年

 指揮・調整は、災害発生時の実行部隊への指揮調整を行う。事案の全体を見通し、利害関係者に対して現状を報告したり、作戦行動が安全になされることを監視したりする。事案処理は指揮調整に基づいて現場対応を行う。情報・作戦、資源管理、庶務・財務は指揮調整の補佐をするスタッフ業務と位置付けられる。

 組織のほかICSでは、緊急事態でも効果的に対策を取るための基本理念を定めている。「責任範囲の明確化」や「意思伝達の原則は書面」、「明確な目標の設定」「指揮命令系統の一本化」などである。

 「責任範囲の明確化」では、個人が扱う責任の数と、権限の及ぶ人数をともに最大「5」としている。この原則を維持すれば、意思の伝達や情報の交換に支障が出ないという。「意思伝達の原則は書面」は、口頭伝達によっておきるミスや聞き間違いを減らす。これらはすべて、緊急事態における人間の特性をよく考慮したものである。