「始めよければ終わりよし」と言いますが,「最初の仕様があいまいなままプロジェクトを開始した」とか「簡単だと思って始めて深みにはまった」という失敗事例を,システム開発ではよく聞きます。これは,“プロジェクト開始の作法”が確立していないからではないでしょうか。

 プラント建設のプロジェクトでは,“元請け”である「コントラクター(契約請負業者)」にとっての「プロジェクトの開始」は,オーナー(発注者)から「見積もり引合い書」が来た時です。この見積もり引合い書のことを,「RFP(Request for Proposal)」と呼びます(「RFQ(Request for Quotation)」や「ITB(Invitation to Bidders)」と呼ぶこともあります)。RFPの作成は,プラント建設では常識中の常識です。

RFPを作成する企業は,競争見積もりには参加しない

 プラント建設プロジェクトのRFPには,建設するプラントの技術仕様書のほかに,契約書のドラフト,金額提示の条件,建設現場の環境,気象条件,道路事情,見積もり範囲,プロジェクト遂行手順書など,プロジェクトを遂行するに当たっての様々な条件が含まれます(図,写真)。

図●一般的なプラント建設のRFPの内容
図●一般的なプラント建設のRFPの内容

写真●RFPの例(1ページ目)
写真●RFPの例(1ページ目) [画像のクリックで全体表示]

写真●RFPの例(2ページ目)
写真●RFPの例(2ページ目) [画像のクリックで全体表示]

 このRFP作成の標準的な手順は,以下のようになります。

(1)フィージビリティ・スタディ

 プラント建設プロジェクトは,オーナーがある工業化計画を開始するところから始まります。まず,どんな生産方法を使えば望みの製品が生産できるかといった技術的検討と製品が売れるかどうかの「市場性調査」を行います。これと並行して,どのくらいの値段でどのくらいの量が売れるのかを検討し,建設するプラントの規模を決めます。

 さらに,プラントを運営する体制,年間の運転費用(ランニングコスト),当初の建設費用(イニシャルコスト),採算を調査します。この調査のことを「フィージビリティ・スタディ(実現化調査)」と呼びます。建設費用に関しては,この時点で,概算見積もりの作成をエンジニアリング会社に依頼することもあります。これは,エンジニアリング会社が営業活動の一環として無料で行うのが普通で,1週間くらいで簡単な概算見積りを提出します。

(2)生産方法の選定

 フィージビリティ・スタディの段階で,最もふさわしいライセンサー(生産方法をライセンス販売している企業)を選定し,原料や販売経路が安定的に確保できることを原料供給先や購入先,販売代理店などを通して確認します。必要に応じて,前もって原料供給契約や製品購入契約を交わすこともあります。

(3)資金調達

 オーナーが,フィージビリティ・スタディで「採算に乗る」と判断したら,調査結果を金融機関に伝えて資金調達に入ります。調達する資金が巨額になる場合は,金融機関1社だけではリスクを負えないので,いくつかの金融機関による「シンジケート」と呼ぶ貸出しグループを結成することもあります。

(4)RFPの作成

 ここまでの作業が終わったら,いよいよRFP作成に入ります。

 オーナーは,プラント建設に関しては“素人”です。このため,コンサルティング会社やエンジニアリング会社などの外部の専門家に,フィージビリティ・スタディ,金融機関からの資金調達,ライセンサーの選定,RFPの作成などを依頼します。実際,製油所建設や増設などのプロジェクトを常時抱えている石油メジャーのようなグローバル企業を除けば,オーナーがこれらの専門家を社内に抱えていることは,まずありません。もちろん,外部の専門家には,そのための費用を支払います。

 RFPに関しては,フィージビリティ・スタディを担当したコンサルティング会社がそのまま作成することもありますし,フィージビリティ・スタディが終わって計画が具体化した段階で,改めてRFPの作成を依頼する会社(コンサルティング会社や競争見積もりに参加しないエンジニアリング会社)を選定することもあります。強調しておきたいのは,RFPを作成する企業が「応札者」になることは絶対にない,ということです。

 RFPを作成するコンサルティング会社やエンジニアリング会社は,技術にもプロジェクト運営にも精通しているのが常識で,RFPを作成しながら,オーナーとともに見積もり引合いを出すエンジニアリング会社の選定作業を行います。

 オーナーにとっては,見積書を入手してそれを評価するだけでも膨大な作業です。そこでRFPを出す会社をなるべく少なくするために,まず候補となる会社を選定し,そこから実際にRFPを出す会社を選びます。事前の候補選定作業を「事前審査(Pre-Qualification(PQ))」または「ロングリスティング」,実際にRFPを出す企業を選定する作業を「ショートリスティング」と呼びます。

(5)オーナー側のプロジェクト・マネジャーの選定

 RFPにより,コントラクターを選定した後は,オーナー側の立場でプロジェクトをマネジメントする「マネジメント・コントラクター」を選びます。マネジメント・コントラクターには,技術に精通したコンサルティング会社や,「競争見積もりに参加するよりもオーナーを支援したほうが得だ」と判断したエンジニアリング会社が選ばれます。多くの場合,RFP作成とマネジメント・コントラクターは,同じ会社が担当します。