著者:林 信行=ITジャーナリスト

 iPhoneは優れたユーザー・インタフェースやデザインなどで注目されがちだが,その裏側には優れたビジネス戦略がある。今回は,iPhoneを生み出したアップルの開発体制の姿勢と「売った後も儲ける」という二つの仕組みを紹介しよう。

グローバル展開でR&Dコストを回収

 iPhoneをはじめとしたアップル製品は,細部までこだわった技術的な工夫の上で輝いている。こうした技術や200以上の特許は,莫大な研究開発投資を経て生み出されている。以前に米アップルに在籍し,スティーブ・ジョブズCEOの参謀の1人だった福田尚久氏も,「アップルは,製品の質を高めるための研究開発コストを惜しまない企業だ」と証言する。ではアップルは,かさむ開発コストをどのように回収しているのか。答えは,グローバル戦略だ。

 アップル製品は「iPod」「Apple TV」「Mac」と,どの製品も国によらずまったく同じものが世界中で販売されている。どこの国,どの言語で使うのかを選ぶメニューが用意されており,簡単に言語を切り換えられるようにしている。国別の展開を計っているiPhoneは唯一の例外だが,これも言語切り換えメニューを隠しているだけで,実は米国版iPhoneにも日本語を含む他国の言語を表示/入力できる機能が隠されている。

 中には,無線LAN機能のように国ごとに調整が必要な場合もある。無線LANは,国ごとに使える周波数帯が若干異なるからだ。こういったケースでも,ソフトウエアで電波出力などを調整し,1つの製品を世界に対応させている。今では他メーカーも同様のことをしているが,グローバル戦略に真剣なアップルは早くからこれに取り組んだ。パッケージや説明書こそ異なるものの,同じ製品を世界中に流通させて量産効果を上げ,開発コストを広く回収するという戦略だ。

 これは何もアップルだけが採用している手法ではない。デジタルカメラ,ビデオカメラ,DVDプレーヤなど,さまざまな電子機器メーカーが世界中で日々,当たり前にやっていることだ。しかし日本の携帯電話機業界では,これがままならない。というのも,そもそも海外と携帯電話の方式が違うからだ。そのうえ日本の携帯電話会社は独自の機能やサービスの追加を要求するため,日本向けの携帯電話端末で培ったノウハウを海外向けで生かせないという事情もある。

世界の携帯電話機市場では5%と少ない国内メーカーのシェア

 そうした状況の中,日本の携帯電話機メーカーの体力はどんどん衰え,世界的なシェアは縮まる一方になってしまった。米IDCの調査によると,2007年第2四半期の世界の携帯電話機市場は,ノキア,サムスン,モトローラ,ソニー・エリクソン,LG電子の5社の合計が約80%を占める寡占状態になっている(図1)。その中で,日本メーカーは10社を合計しても5%と小さい。

図1●世界の携帯電話端末のシェア   図1●世界の携帯電話端末のシェア
2007年第2四半期の出荷台数。米IDCとIDCジャパンの発表を基に作成した。

 5~6年前には海外の家電見本市でそれなりに注目を集めていた日本の携帯電話機メーカーが,今では次々と海外市場から撤退した。かつては日本メーカーに期待されていた先進性やデザイン性は,今やサムスンやLG電子といった韓国メーカーが先行している状況にある。こうした海外メーカーの多くは,開発過程で国内メーカーのように携帯電話会社による機能の縛りや方向性の指示を受けないため,デザインも機能も奔放で,それだけに個性的な魅力を持つ。

 おまけに最近では,安泰だった国内市場も変わりつつある。世界市場で体力をつけた海外メーカーの携帯電話端末が,国内へ次々と投入されている。携帯電話会社固有の高度な独自機能よりも,海外の個性豊かな端末に引かれる人も増えているようで,海外製端末は急速に存在感を増している。そんな日本でiPhoneが販売されたらどうなるだろうか。海外の携帯電話機市場にも大きなインパクトを与えたiPhoneは,日本の携帯電話機市場にも大きな打撃を与える可能性がある。

 ここで面白いのが,iPhoneが発売された直後,日本のブログではiPhoneをうらやむ声がたくさん挙がったのに対して,米国をはじめとする海外のブログでは「日本はクールで未来的なデザインの携帯電話機が多いからiPhoneなんか発売しても売れるわけがない」と書いている人をよく見かけたことである。

 海外の電子機器が好きなユーザー層には日本ブランドに大きな期待を寄せている人が多く,私のところにも「日本の携帯電話端末の写真や情報を送って欲しい」という問い合わせがよく来る。EngadgetGizmodoといった人気サイトも,米国市場で使える,使えないに関係なく日本の端末の最新情報をよく取り上げている。

 海外市場からの撤退が相次ぐ日本メーカーだが,こうした海外の応援を追い風にもう1度,積極的なグローバル展開をしかけ成功する方策もあるはずだ。そもそも長年第3世代携帯電話機を作り続けてきた日本メーカーにとって,これから第3世代へ移行する海外市場は大きなチャンスとなるはずだ。