前回に引き続き,拙著『高田直芳の実践会計講座 戦略会計入門』の話です。

 この書籍では,カリスマ経営者の直感に頼らずとも経営判断を誤ることのない会計的手法を,様々な「合成の誤謬」を例に挙げながら説明しています。収録した事例の一部には,以下のようなものがあります。

★通常価格120円の缶コーヒーが,観光地で300円/400円といった高値で売られているのは,缶コーヒーへの需要が殺到しているからではなく,ましてや,高値の価格設定をしないと採算が取れないからでもない
★芸能人やファッション・モデルという職業には,本連載の第7回第10回で紹介した機会損失が発生しない
★増収減益という矛盾した業績は,「カネのなる木」が枯れていることを表わしていると同時に,原価計算制度が崩壊している予兆である
★製造業/小売業の別なく,他社との差別化を図り,自社ブランドを向上させようとする経営戦略は,操業度不足の泥沼に嵌(はま)っていく
★個々の職場におけるコストダウン活動が,全社ベースの利益を却って減少させることがある
★黒字決算を実現している企業にこそ「利益なき繁忙」が襲いかかる
★本社の管理部門が,支店や子会社の生産性の低さを嘆くのは,天に向かって唾を吐く行為である
★子会社(製造子会社や販売子会社)は,常に敗北する運命を背負わされている
★業績連動型給与体系は,組織の末端を腐らせていく
★M&A戦略において,買収企業は高値づかみをして後悔し,被買収企業は安く買い叩かれて恨み節を歌う

 「そいつは,不思議だなぁ」と感心している場合ではありません。経営戦略の足許には「誤謬の落とし穴」が存在し,企業という組織は,内部統制にどれほど注意を払おうとも常に崩壊するリスクに曝(さら)されていることを認識してください。

 拙著の大きな特徴は,内容が抽象すぎて実務への応用が難しいとされるミクロ経済学を,戦略会計の視点で噛み砕き,ビジネスの最前線で役立つよう工夫を凝らしたことです。

 例えば,業績管理の指標として多くの企業で採用されているものに,経済付加価値(EVA:Economic Value Added)があります(注1)。その前提となる加重平均コスト率も,EVAとともに広く知られている概念です。これらについて,まさか,加重平均資本コスト率の正体が正常利潤(=機会原価)であり,EVAの正体が超過利潤(=機会利得)だとは,拙著を読んでいただかないことには想像し得ない世界でしょう。

 このEVAに戦略会計の考え方を加味すると,経営戦略にとってさらに強力な武器となる会計付加価値(AVA:Accounting Value Added)という新しい概念を導き出すことができます。また,ミクロ経済学で用いられる需要曲線・供給曲線・無差別曲線・等量曲線・限界費用曲線・限界効用曲線・労働生産性曲線といったものはすべて,第10回コラムで紹介した機会原価を曲線に置き換えることによって,統一した理解ができることを証明しています。

 さらに,経済学ではポピュラーな話題であるリスクプレミアムという概念を使って,誰も見たこともないCVP(Cost-Volume-Profit)分析やコスト管理への応用を図っています。経済学の知識が多少ともある人からすれば,ビックリするような展開です。

 一般に公正妥当と言われる会計基準や税法などのパラダイムしか学んでこなかった人からすれば,拙著は難解に映るかもしれません。しかし,収録した上記の事例に,難解なものは何一つありません。むしろ,会計基準などのパラダイムは,現代のビジネス最前線であまりに無力であることを,これらの事例を通して知ってください。

 さて,この『戦略会計入門』を脱稿した直後,生まれて初めて,ギックリ腰を患いました。原稿が完成する直前あたりから「こいつは,ヤバイな」と予感するものがあったにもかかわらず,無理をしてしまった。

 ギックリ腰は,キツイです。歩くどころか,立つことさえできません。日曜日だったので,医者にもかかれぬ。ベッドの上で脂汗をかいて,悶絶していました。ところが,人間のカラダというのは不思議なもので,「もしや」と思ってチャレンジした自前のショック療法により,数秒のうちにスーッと治ってしまいました。

 ヒントを与えてくれたのは,柴犬クメハチでした。わが家の愛犬クメハチ様に,感謝感謝です。ただし,『戦略会計入門』の本を手にするたびに,ギックリ腰の恐怖が呼び起こされるので,拙著が見事なトラウマになってしまいました。

(注1)EVAは,米スターン・スチュワート社が提唱したものです


→「ITを経営に役立てるコスト管理入門」の一覧へ

■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/