東京医科歯科大学大学院生命情報科学教育部教育部長・田中 博氏
東京医科歯科大学大学院生命情報科学教育部教育部長
田中 博氏

 日本の医療分野におけるIT化について、なかなか進まない現状を憂える声をよく聞くが、私はさほど心配していない。確かに、医療機関の規模によって、医療情報システムの普及率にはかなりの差がある。

 しかし、保健医療福祉情報システム工業会(JAHIS)らが毎年実施している調査によれば、毎年100以上の病院、1000以上の診療所で、電子カルテの新規導入が進んでいる(図1)。言い換えれば、施設の規模を問わず、約1~2%の施設が毎年、電子カルテを新たに導入しているということだ。既に、400床以上の大規模病院での電子カルテ普及率は、3割近くに達している。

図1:電子カルテ導入数の推移

 この数値は確かに、厚生労働省が2001年12月に策定した「保健医療分野の情報化に向けてのグランドデザイン」における達成目標に比べれば、低い水準に留まっていると言えるかもしれない。それでも、一定の速度で確実に電子カルテは普及してきている。

 診療所への電子カルテの導入も、毎年1000~1500施設ずつ増加している。内訳に関する詳細な調査があるわけではないが、新規開業の診療所が導入施設の多数を占めているようだ。これは、勤務医時代にオーダリングシステムや電子カルテを使用していた医師が開設者となるケースが増え、開業医の世代交代が進んでいることが一因だろう。

課題は中小病院のIT化をどう進めるか

 問題は、50~200床規模の中小病院だ。前述のJAHISらの調査でも、数の多い中小病院への導入は、未だに5%未満にとどまっている(図2)。これは、電子カルテの初期の導入費用や維持費が高額なことから、経営的に厳しい中小病院では、病院改築などのきっかけがないと、導入を検討しにくいためと考えられる。

図2:電子カルテ病床別導入率

 だが、中小病院は勤務する医師・従業員も少なく、電子カルテ導入の目的が限定される。このため、診療科ごとのカスタマイズ費用がかさみ、導入の効果がわかりにくくなりがちな大病院と異なり、多くのスペースを必要とするカルテ庫がいらなくなる、転記などの事務作業を減らせる、診療記録の検索が容易になる、患者サービスの向上にも有用――といった、さまざまなIT化のメリットを最も実感しやすいはずだ。

 こうした膨大な数の中小病院がIT化から取り残されていては、日本の医療界全体のIT化がうまく進まない恐れがある。現在のところ、ITベンダー側も中小病院に対し、電子カルテの導入をどう働きかけていくか、きちんとした総合戦略を立てていない印象を持つ。私は、医療IT推進協議会会長として今後、IT化の意義を広くわかってもらうよう、病院向けの積極的なセミナー開催などに力を入れていく予定だ。(談話まとめ:小又 理恵子)