大阪大学大学院医学系研究科医療情報学講座教授・武田裕氏
大阪大学大学院医学系研究科医療情報学講座教授
武田 裕氏

 日本の医療分野におけるIT化は、全体としては遅々として進んでいないのが現状である。この背景には幾つかの原因があるが、まず指摘すべきは、積極的な旗振りをすべき厚労省の施策が不十分であったということだ。医療制度改革の三本柱である医療提供(供給)体制、診療報酬体系、医療保険制度の改革は、柱ごとの独立の改革が検討され、システム志向とIT技術の活用により、連携して改革を進めるという基本概念を根本的に欠いている。

 情報化自体については、1999年4月には厚生労働省は診療録などの電子媒体による記録を認めて病名などの標準化を進め、2001年12月に「保健医療分野の情報化に向けてのグランドデザイン」を策定した。この中で、レセプト電算処理システムについては、2006年度までに全国の病院レセプトの7割以上に導入し、電子カルテについては2006年度までに全国の400床以上の病院と診療所の6割以上に導入――という具体的な目標を設定し、IT化の促進が期待された。

 しかし、2007年4月に社会保険診療報酬支払基金がまとめた、レセプト電算処理システムの普及状況は、病院・診療所全体で未だ22%にとどまっている。電子カルテの導入状況に至っては、2005年10月時点で病院21.1%、診療所7.6%というお粗末なものに過ぎず、目標はどちらも達成できなかった(下の表1)。

表1:2001年策定のグランドデザインの達成度(編集部作成)
表1:2001年策定のグランドデザインの達成度(編集部作成)

IT化を推進する具体的な策なく、目的も不明瞭

 この結果がさもありなん、と思えるのは、厚労省が目標達成のために実施した施策が、補助金を全体額の半分以内とする2分の1補助による助成、およびレセプトコンピュータの導入やレセプトオンライン請求を行うなど、一定の要件を満たした場合、初診料に3点(30円)を加算する電子化加算の新設(2006年 4月)など、枝葉末節的だったことである。

 加算の新設自体は評価できるが、3点というのは、あまりにも少ないのではないだろうか。全国に広くレセプトコンピュータを導入するには、底上げのためにもっと思い切った、数年間単位での初期投資が必要だ。厚労省は、本当にIT化を全国規模で進める気があったのか、疑問に思わざるを得ない。

 また、厚労省は医療分野へのIT化をなぜ進める必要があるのか、きちんと示してこなかった。グランドデザインは、将来の医療の理想像を描いたものとされるが、理想的すぎて、逆にIT化の必要性が見えにくい。「IT化によって、今までの医療の無駄を無くし、近代化された良質の医療を提供する」。厚労省は、このくらい思い切った言い方で、ポリシーを明確にすべきだった。

今は医療機関でもIT化のメリットを感じられない

 医療分野のIT化は、複雑な診療報酬制度に基づくややこしい保険請求業務の効率化、すなわちレセプトコンピュータやオーダリングシステムの導入から始まった。このため、IT化は事務処理の効率化のために行うものだと思っている医療機関はまだ多い。さらに、明確な目的を持たず、かつ医療プロセスの見直しをせずにIT化自体を目的として病院情報システムの導入を図るため、各診療科の医師の意見をできるだけ取り入れながら、各種のシステムをカスタマイズ化してきた経緯もある。

 患者の情報を収集し、分析して診療行為を行う医療のプロセスは本来、もっと単純化できるものだ。IT化によって診療プロセスを見直し、標準化を図る好機とすべきだったのに、現状を容認し、安易にシステムを現状に合わせる形に変えてしまった。さらに、診療科ごと、病棟ごとに異なるカスタマイズ化を行ったために、現在、システムの維持に多額の費用が掛かることにもなっている。

後編へ続く

(談話まとめ:小又 理恵子)