「変化に強い基盤」を求めて,システム環境の刷新に着手する企業が増えている。カギを握るのが「仮想化技術」だ。複数のサーバーを集約してコスト削減を図るだけでなく,ビジネスの要求に即応してコンピュータ資源を増減させる。ITベンダーは,より柔軟な提供形態である「IT基盤のユーティリティ化」の実現に向けて動き始めた。仮想化技術によって“次”のIT基盤を構築するユーザー企業の先進事例を軸に,IT基盤の「これから」を追った。

仮想化で「時短」を実現
【WOWOW】

 「仕事のやり方やスピード感が大きく変わった。もう以前には戻れない」──。衛星放送大手のWOWOWで情報システムを担当する,システム業務局システム業務部の皆川一郎氏は,仮想化ソフトを使ったIT基盤をこう評価する。

 WOWOWが仮想化ソフト導入で得た最大の効果は“時短”だ。システムの保守作業に充てる時間や新しいハードの調達・設定に費やす時間など,IT部門としては前向きに評価され難い業務時間を削減できている。

 例えばサーバーのハード資源を増設する場合,仮想化ソフト上で稼働しているOSやアプリケーションを別の仮想サーバーに移動。その間に元のサーバーを保守し,保守終了後にOSやアプリケーションを元に戻す。アプリケーションが止まらないため,就業時間中に保守作業を完了できる。「サーバーの保守作業のために,利用者の少ない夜間や休日に出勤したり残業したりする必要はもうない」(皆川氏)。

 WOWOWは現在,米ヴイエムウェア製の仮想化ソフト「ESX Server」を使って,情報系アプリケーションが稼働するサーバーの統合を進めている。メールや社内情報ポータル,ファイル・サーバー,衛星放送のキャンペーン情報管理,各種の部門アプリケーションなどが対象だ。

 統合を予定するサーバー数は全部で50台余り。これらを7台のブレード・サーバー上で動かす(図1)。別のESX Serverを搭載したIAサーバーでは,グループウエアの「ノーツ」を利用している。

図1●WOWOWは仮想サーバーを情報系のIT基盤に位置付けた
図1●WOWOWは仮想サーバーを情報系のIT基盤に位置付けた
社内に分散する情報系サーバーを統合するとともに,新しいサービスやシステムを追加する。

思い立ったらすぐ作れる

 WOWOWが仮想化のメリットを得ているのは,保守・運用だけではない。新規アプリケーションを開発する際にも,大幅な時短を実現している。

 その1例が,協力会社のプログラマにアプリケーション開発環境を用意する作業だ。これまでなら,社内で使っていないパソコンを探したり,新規にリース契約したりして,まず物理的なマシンを確保。その後にOSや開発環境をインストールする,といった手順が必要だった。

 それが仮想化ソフトを使う今は,まず開発ツールやエミュレータなどをインストールした仮想クライアントを作成し,これを必要な数だけ複製すればよい。プログラマはネットワーク経由で,仮想クライアントにアクセスする。

 実際,2006年末には,リース期限切れを迎えるメインフレームの移行作業のため,30人分の開発環境を仮想化ソフトを使って作成した。最初の仮想環境を作れば,複製作業はほぼ自動的に進むため,開発環境の用意に要した時間は合計で3~4時間ほど。皆川氏は,「物理的な制約から解き放たれるメリットは本当にありがたい。必要なときすぐに開発に取りかかれるスピード感は全く違う」と話す。

 時短効果により,WOWOWのIT部門は,「ITベンダーと議論する内容が,製品の機能説明や選択から,『ITをいかに活用するか』が中心になるなど,“質的に”変わってきた」(皆川氏)という。今後は,システム企画など業務に,より時間を振り向けたい考えだ。