802.11nは反射波を積極的に利用して高速化するMIMO技術を使っている。一方,802.11aなどの従来の無線LANシステムでは反射波は単なるノイズでしかない。こうした違いから,広いエリアでのスループット分布を調べることで,802.11nと802.11aで変化が出てくるのではないかと考えた。

 さらに802.11nは複数アンテナで受けた信号を合成することで受信信号を安定化させる「合成ダイバーシティ」技術を搭載している。このため,11aよりも障害物や距離による減衰に強いと推測される。そこで,実際の建物を使ってスループット分布を調べた。

 最初に測定したのは,オフィス・ビルである。場所は東京都港区の日経BP社が入居するビルの10階フロア。執務スペースは51.5m×17.5mの長方形に近い形で,約180席の机が並べられている。

 測定では,アクセスポイント(AP)を床から高さ1.6mの場所に設置。APのイーサネット・ポートに接続したパソコンから無線LAN端末にデータを流し,そのスループットを測定した。測定はほぼ等間隔に設けた24のポイントで実施し,30秒間の平均スループットを記録した。

 802.11n対応の機器としては,NECアクセステクニカのAP「AtermWR8400N」と無線LANカード「AtermWL130NC」を組み合わせた。

802.11aと同じ速度分布を示す

 結果は少し意外なものだった。MIMOの効果によって,ある点で突出して高いスループットが出たり,逆に低いスループットが観察されると予想していたからだ。だが,距離と速度の関係では,おおよそ25mの範囲まではほぼ限界値のスループットが出て,それ以遠ではスループットが距離とともに落ちていくという傾向が見られた(図6)。

図6●オフィスでのスループット
図6●オフィスでのスループット
最も高速な地点に比べて50m先の地点で30%以上減少している。また,アクセスポイントとの距離が離れるほど速度が低下する傾向がある。
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 図6では上下のちょうど真ん中近辺((10)~(12)の辺り)が,APから25mの地点になる。この周囲では40MHz幅での運用時に90Mビット/秒程度のスループットが出ている。25m以遠のポイントでは,90Mビット/秒を下回る個所が多い。APからの距離が離れるほどスループットが低下し,最も遠い場所では30%以上減速した。

 802.11aと比較した場合,距離と速度の低下傾向にほとんど差がなかった。図6で802.11aの速度に注目すると,やはり25m付近から遠くなるにしたがって徐々に落ち込んでいる。この結果は,802.11nの傾向と同じである。

 これらの結果から,オフィス環境においては,802.11nシステムは,「高速な802.11aのシステム」と捉えて設置できそうだ。

 なお,打ち合わせスペースや座席を仕切るパーティション(木およびガラス製)が通信に与える影響はほとんど見られなかった。一方,デスクトップ・パソコンやモニター,金属製のラックの陰などでは端末の置き方によってスループットが大きく変動した。導入時には,機材やアンテナを置く場所の工夫でこうした問題を回避する必要がありそうだ。