スループットで100Mビット/秒を超える高速無線LAN規格「IEEE802.11n」。2008年10月の規格化を前に,ドラフト版の導入に向けた環境が一気に整い始めた。

 2007年6月29日,総務省が電波法施行規則などの改正省令によって40MHz幅での無線LANの通信を解禁した。これまで無線LANの通信は20MHz幅に限られていた。これからは2.4GHz帯と5GHz帯の両方で40MHz幅の通信ができる。

 この結果,802.11nで取り入れられる高速化技術「チャネル・ボンディング」を国内で使えるようになる。チャネル・ボンディングは20MHz幅のチャネルを二つ分使うことで2倍以上の速度を得られる技術である。

 省令改正を受け,無線LANベンダーも動き始めた。NECアクセステクニカやバッファローなどは,7月上旬からチャネル・ボンディングに対応した最大300Mビット/秒で通信可能な家庭向けの無線LANアクセスポイント(AP)と無線LANカードのセットを市場に投入した。

 企業向けのドラフト版802.11n対応の無線LAN機器は,年内にも登場する見込み。「日本市場には2007年第4四半期に投入をする」(米メルー・ネットワークスプロダクト・マーケティング部門のスティーブ・トロイヤー副社長),「2007年秋に出荷を開始できる」(トラピーズネットワークスの佐藤博代表取締役)という。

相互接続性問題は解消へ

 ドラフト版802.11nの問題とされてきた異ベンダー間の相互接続性やファームウエアの更新による本規格対応への不安も解消に向かいつつある。802.11nの規格を作成している「タスクグループN」での議論が収束してきたのに加え,Wi-Fiアライアンスが動き始めたからだ(図1)。

図1●802.11n標準化までのスケジュール
図1●802.11n標準化までのスケジュール
2007年1月にドラフト2.0が採択されたことで,ほぼ規格は固まった。
[画像のクリックで拡大表示]

 タスクグループNは,2007年1月に802.11nのドラフト2.0版を採決した。「ドラフト2.0で大枠は決まった。現在は微調整の議論をしている段階で,チップの設計を変えなければならないような大幅な規格の変更はない」(クアルコムシーディエムエー テクノロジーズの高木映児テクニカルマーケティング部長)状態にまでこぎつけている。このため,チップ・ベンダーは「ドラフト2.0対応の無線LANチップであれば,ファームウエアの変更だけで最終規格に対応できる可能性は極めて高い」(アセロス・コミュニケーションズの技術戦略兼事業開発担当の大澤智喜執行役員)と口を揃える。

 Wi-Fiアライアンスはドラフト2.0の決定を受けて,相互接続試験プログラムを完成し,6月末より試験を開始した。米ブロードコムのアンドリュー・ハートWLAN担当プロダクト・マネージャーは「8月には802.11nドラフト対応のWi-Fiロゴが付いた製品が市場に出てくるだろう」と予測する。機器/チップ・ベンダーがWi-Fiアライアンスの認証試験合格に努めれば,相互接続性の問題は解消することになる。

802.11n導入に三つの不安

 このように環境が整ってきたとはいえ,ドラフト版802.11nを企業ネットワークに導入するのはまだ不安が残る。802.11nというシステム自体が規格化中ということもあり,情報が少ないからだ。

 不安点は大きく三つある。(1)802.11n対応製品のパフォーマンス,(2)802.11nで導入された新技術の特性,(3)802.11a/gなどの既存の技術との相互干渉──である。

 まず,パフォーマンスに関しては本当に100Mビット/秒を超えるスループットが実現できるのか不明だ。ファイル転送やWebブラウジングなど実業務でも十分なパフォーマンスが出るのか分からない。

 2点目の新技術としては,先のチャネル・ボンディングや複数アンテナを使って高速化するMIMO(multi-input multi-output)技術,受信信号を安定させる合成ダイバーシティ技術などがある。無線LANでは一般にAPと端末の間が離れるほど速度が落ちるが,802.11a/gとは異なる落ち方を示す可能性がある。

 最後の既存技術との相互干渉については,802.11nへの移行期間において同じAPに802.11a/gと802.11nの端末が同時に接続するケースがあることから危惧される。802.11a/gあるいは802.11nの端末が混在することによって極端にスループットが落ちるのは困る。

100Mイーサネットを超えた

 そこで今回,ドラフト2.0に対応した802.11n機器を使い,疑問点を解消するためにいくつかの実験を実施した(写真1)。

写真1●続々登場する802.11n ドラフト2.0対応製品
写真1●続々登場する802.11n ドラフト2.0対応製品
左がバッファローの「WZR-AMPG300NH」,右がNECアクセステクニカの「AtermWR8400N」。

 最初に試したのが,本当に802.11nのスループットが100Mビット/秒を超えるかどうかの検証だ。APのLANポートに接続したパソコンから無線LAN端末に対してデータを連続的に送り,10秒間の平均スループットを調べた。このとき,5回同じ構成で測定を実施し,最も速いデータを採用した。

 結果は図2の通りで,802.11nのスループットは100Mビット/秒を超えた。バッファローの製品ではチャネル・ボンディング(40MHz幅での運用)の際,115Mビット/秒のスループットを記録。100Mイーサネットの94Mビット/秒を上回った。

 NECアクセステクニカの802.11n製品ではチャネル・ボンディングの際に,100Mイーサネットと同じスループットになっているが,これはAPのLANポートがギガビット・イーサネットに対応していなかったためである。ギガビット・イーサネットに対応していれば,100Mイーサネットを超えるスループットが得られたはずだ。

図2●802.11nのパフォーマンス 
図2●802.11nのパフォーマンス 
40MHz幅の場合,802.11nのスループットが100Mイーサネットのスループットを超えているのが分かる。

 次回から【実測編】として,実アプリケーションでのスループット,既存システムと802.11nとの共存,オフィス/一戸建て/マンションといった実環境でのスループットを掲載する。導入を検討する際の参考にしてほしい。

 また,【技術編】では実験結果を理解するための助けとなる802.11nの技術について,「物理層高速化」「11a/gとの共存」「長距離化」「MAC層高速化」「利用チャネル」の五つに分けて解説している。

●調査の概要

802.11nの製品 NECアクセステクニカの無線LANルーター「AtermWR8400N」とPCカード「AtermWL300NC」のセット(無線LANチップは米アセロス・コミュニケーションズ製)およびバッファローの無線LANルーター「WZR-AMPC300NH」とPCカード「WLI-CB-AMG300N」のセット(無線LANチップは非公表)

802.11aの製品 NECアクセステクニカの無線LANルーター「Aterm WR7850S」とPCカード「Aterm WL54SC」のセット(無線LANチップは米アセロス・コミュニケーションズ製)

端末 松下電器産業の「レッツノートR4(CF-R4)」,OSはWindows XP Professional Service Pack 2

サーバー 日本ヒューレット・パッカードの「hp d325」&玄人志向のギガビット・イーサネット・カード「GbE-PCI2」。OSはWindows XP Professional Service Pack 2

実験環境 無線LANの暗号化はオフ。スループットの測定では「iperf 1.7.0」を使用。ファイル転送は,米マイクロソフト製のツール「timeit.exe」で時間を計測した。HTTPを使ったファイル・ダウンロード実験はWebサーバーとしてWindows XPに付属しているIIS 5.0を利用し,ストップ・ウオッチでダウンロード時間を計測した。いずれの場合もTCPのウインドウ・サイズを256Kバイトに設定した。


■変更履歴
初出で第2段落目に「電波法施工規則」とありましたが,正しくは「電波法施行規則」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2007/09/03 15:40]