無線は伝播の過程で減衰や反射波との干渉によって信号がひずむ。同じ伝播経路を経てきた信号でも,周波数によってそのひずみ度合いは異なる。通信に利用する周波数の帯域が広いと,ある帯域は明瞭に受信できるが,ある帯域は信号が劣化しているというまだら模様になる(図C)。無線LANでは数十MHzもの帯域を使うため,必ずどこかに受信信号が落ち込む個所が出てしまう。

図C●合成ダイバーシティの仕組み
図C●合成ダイバーシティの仕組み
複数のアンテナで受信した信号を合算することで,広い帯域に渡って信号強度を均一化できる。
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 こうした問題に対して11a/b/gの無線LANでは,場所をずらして設置した二つのアンテナを搭載することで回避してきた。具体的には,二つのアンテナの信号を比較し,電波の受信状況が比較的良い方を選択して受信機に信号を送り復調する。この方式を「選択ダイバーシティ」と呼ぶ。 この場合,選択する二つの信号の両方に大きく信号が劣化している個所があり,両者とも受信限界点を下回っていた場合に信号を復調できないという問題があった。

複数アンテナの信号を合成

 一方,802.11nではMIMO(multi-input multi-output)の採用によって,複数のアンテナそれぞれに受信装置が付く。このため,それぞれの信号を足し合わせることが可能になり,全体に渡ってフラットな信号が得られる。受信できるアンテナが増えるほど,たくさんの信号が合成できるのでよりフラットになっていく。こうした処理を「合成ダイバーシティ」と呼ぶ。

 フラットになることで,大きく劣化する場所がなくなり,受信限界点を通信に利用する全周波数に渡って上回る可能性が高まる。結果として,信号が微弱な場所でも受信できるようになり,選択ダイバーシティのシステムに比べて長距離化できる。

ビーム・フォーミングも規格化

 802.11nは合成ダイバーシティ以外の長距離化の方法として,ビーム・フォーミングをオプションとして規定している。ビーム・フォーミングは各アンテナから流す信号のタイミング(位相)をずらし,その合成波が受信相手で最大になるようにする技術である。受信側から送信側に対して受信前に,トレーニング信号と呼ぶ信号を送ることで,送信側は最適な送信タイミングを推定する。

 ただし,「802.11nのドラフト2.0には各社から提案されたビーム・フォーミングの方式が複数併記されている。今の状況を見ている限り,複数の方式を含んだまま規格化されそう」(802.11nの規格化タスク・グループに参加している東芝 研究開発センターモバイル通信ラボラトリーの足立朋子研究主務)だという。トレーニング信号のフォーマットが方式ごとに異なることから,各社がばらばらの方式を採用すると相互接続性がなくなる。結局のところ,Wi-Fiアライアンスが実装すべきビーム・フォーミングの方式を決定することで,デファクトスタンダード(事実上の標準)が決まることになりそうだ。