NGNでは「NACF」がアクセスの,「RACF」がリソース受け付けの許可を判断する。後者には,端末自身がQoS要求を出すプル型とそうでないプッシュ型の2モデルが標準化されている。安定運用の鍵となるNGNのネットワーク管理技術ではトランスポート管理機能の具体化が先行している。

 IPネットワークを社会インフラとして定着させるには,増え続ける情報流通ニーズを吸収できるように大容量化を図るだけでは足りない。(1)サービスや要求条件の多様化や,(2)信頼性の強化といった要件にも応えていく必要がある。

 前者については,ビジネスや社会生活の様々な場面でネットワークが利用され,流れる情報も音声,データ,映像と多様化している。それぞれの利用シーンに応じた形態でサービスの提供が望まれる。その代表がアプリケーションやユーザーの要求に応じた品質の提供や,必要時に必要なだけの資源を提供するオンデマンド型資源割当て(例えばダイナミックVPN)である。

 後者についてはネットワークが人間の生活に浸透するほど,「止まらない」ことはもとより,様々な脅威に対する堅牢さが求められる。さらに,将来は広域災害時にも最低限の機能・性能を維持させながら迅速に復旧させる必要がある。そのためには異常な現象に対し,その原因を探求すると同時に,想定外の現象に対する統一的・総合的な対策を準備しておく必要がある。

 さらに,脅威にはなりすましDoS攻撃など人為的なものから,地震など自然発生的なものまで様々なものがある。後述するトランスポート管理の主な観測対象は装置を流れるトラフィックであり,これらの脅威すべてを見抜くことはできない。人為的な詐称や改ざんを発見するには,パケットを外側から観察するだけでは無理である。ヘッダー,あるいはデータの中身まで観察する必要があることはいうまでもない。

 インターネットもNGNもIP技術をベースにしている点で同類のネットワークである。ただし,先の(1)や(2)を提供価値として追求しようとしているNGNと,オープン性やパケット到達性を重視するインターネットでは,適用領域に差が出てくる。

QoS制御はプッシュとプルの2方式

 ITU-Tで標準化が進められているNGNの機能の中で,(1)の要求の多様化に応えていくのがトランスポート制御機能である。リソース&アドミッション制御機能(RACF)とネットワーク・アタッチメント機能(NACF)から成る。一方,(2)の信頼性強化に関連するのがNGNの管理機能である。

 勧告Y.2012で記載されているトランスポート制御機能の機能要素とその主な役割を図1に示す。NACFはユーザーがネットワークにアクセスする際に認証したり,ユーザー端末にIPアドレスを割り当てるのに使う。RACFは要求されているサービスからのQoS要求を解釈し,どのようにトランスポート装置を制御したらよいかを決める。

図1●ITU-TのNGN仕様におけるトランスポート制御機能の機能要素とその主な役割
図1●ITU-TのNGN仕様におけるトランスポート制御機能の機能要素とその主な役割
ネットワークへのアクセスを制御するNACFと,トラフィックをいかに制御するのかを決めるRACFからなる。
[画像のクリックで拡大表示]

 RACF内のトランスポート・リソース制御機能で実行するアドミッション制御はQoSを提供する際の肝である。これはあるサービス要求に対し,期待されているQoSを提供するための十分なリソースが確保できるかどうかを判断するものだ。もしもリソースが確保できるならばトランスポート装置にリソース確保を指示する。他のサービスで既に利用されているなどの理由により,その要求に割り当てるリソースが無いならばその要求を拒否する。

 勧告Y.2111にはQoS制御のための信号手順として,プッシュ型とプル型の二つのシナリオが記述されている(図2)。プッシュ型は明示的なQoS要求を指定できない端末を想定しており,サービス制御機能(SCF)が,要求されたサービスからQoSに関する条件を定め,RACF経由でトランスポートを制御する。一方のプル型は明示的にQoSを指定できる端末を想定しており,アクセス認証後,端末自らがRSVP(resource reservation protocol)などのQoS要求を含むシグナリングをトランスポート装置に送出し,トランスポート装置経由でRACFにQoS要求を伝える。

図2●ITU-TのNGN仕様におけるQoS制御に関するシグナリングの概略
図2●ITU-TのNGN仕様におけるQoS制御に関するシグナリングの概略
端末自体がリソース制御機能を持つプル型と,持たないプッシュ型の二通りある。
[画像のクリックで拡大表示]

先行するトランスポートの管理機能

 NGNサービスを期待される品質・セキュリティ・信頼性で提供するためには,NGNを管理する能力を持たなければならないが,この役割を担うのが管理機能である。これは各機能要素へ分散され,相互にやり取りして実現される。勧告Y.2012で記載されているNGNの管理機能は,頭文字「FCAPS」で表される障害(fault)管理,構成(configuration)管理,課金(accounting)管理,性能(performance)管理,セキュリティ(security)管理をカバーする。

 これらの管理機能は,トランスポート・ストラタムだけでなくサービス・ストラタムもカバーすることになっている。トランスポート・ストラタムの管理機能はこれまでの多くの勧告が参照される形になっている。一方,サービス・ストラタムはそれ自身が新しい概念を含むからだろうか,その具体的な管理機能は今後の課題として残されている。

品質提供を実現するトラフィック制御技術

 ここでは,トランスポート制御・管理技術の中で,品質提供の中核であるトラフィック制御技術を概観する。一般的に,ネットワーク資源を効率的に使用するには,より多くの呼を受け付け,より多くのトラフィックを収容すればよい。しかし,高い使用率でネットワークを運用しようとすると,呼損率やパケット・レベルのサービス品質QoS(遅延特性や損失率)は悪化する。つまり,効率性とQoS提供という両方向のバランスをいかにとるかが重要な課題である。

優先度を指定するDiffserv

 図3の横軸の方向は提供できるQoSの確度を高めるアプローチである。  インターネットは,ネットワークが混雑していなければ,「そこそこ」の性能が得られるという方針,つまり「ベストエフォート」を根本的な考え方として発展してきた。この考えに基づき,あらゆるコンピュータが安価に接続できるようになり,それが普及の原動力となった。しかし,QoSが提供できないと,その利用範囲を限定することになりかねない。

図3●様々なトラフィック制御技術
図3●様々なトラフィック制御技術
QoSの確度を横軸に,効率性・可用性を縦軸に取った。
[画像のクリックで拡大表示]

 そこで,IPベースのネットワークでQoSを提供するいくつかの方式がIETFで提案されてきた。Diffserv(differentiated service)はセッションごとに優先度を決め,そのパケットに優先度を表すマークを付ける。ルーターがバッファからパケットを読み出すときに,どのパケットを先に処理するか,この優先度を使って決定する。この方法により,セッションごとに品質の差を付け,相対的なQoSを実現できる。しかし,トラフィックの総量を規制する手段がないので帯域保証といった絶対的なQoSを提供することはできない。

帯域を確保するIntserv

 「パケットの転送遅延時間が100ミリ秒以下」というようなQoSの絶対値を論じるには,新たに要求してきた通信がどのようなトラフィックを流すかを仮定した上で,送信者の要求するQoSを満足できるように帯域を確保になければならない。Intserv(integrated service)ではRSVPと呼ばれるシグナリング・プロトコルを用いて,パケット送出以前に経路に沿ったリンク上に必要な帯域を確保する。このとき,アドミッション制御技術は,十分な帯域がネットワーク内で確保できるかどうかを判断するものである。

 この技術はATM交換の研究が活発に行われていた90年代初期に注目され,基本的な考え方は10年以上前に確立されている。ただし,当時の考え方は,ユーザーがどのようなトラフィックを流すか,定量的に申告することが前提となっていた。VoIPのようにトラフィックをモデル化し,ユーザーがそれを申告できるサービスには当時の考え方が適用できるだろう。しかし,Webや今後登場するであろうユーザーが介入せず起動されるサービスではトラフィックのモデル化は非常に難しい。つまり,既に使用されている帯域をどう見積もるか,アプリケーションが流すトラフィックをどうモデル化するかは依然として課題として残っている。

複数経路利用で堅牢性を高める

 一方,図3の縦軸はネットワークの効率性・堅牢性を高めるために,経路を決める際に自由度を与えるアプローチを示している。ネットワーク内のIPパケットの経路は,事前に決められ,各ルーターがあて先アドレスから送る出口を認識できるようにしておかなければならない。入口ルーターから出口ルーターまでを結ぶ経路は複数の候補が考えられるが,通常はこの中の一つだけが選ばれる。しかし唯一選ばれた経路に輻輳(ふくそう)や障害が発生した場合,その経路は機能せず,たとえ他の経路が利用できたとしても,その通信の目的は達成できない。

 この問題を解決するために複数の経路をあらかじめ静的に決定しておき,ある経路が使えなくなったときに切り替える方法がある。さらに,動的に複数の経路を利用するトラフィック・エンジニアリングという技術も注目に値する。ある経路が輻輳しているときに,他の空いている経路を動的に探し,そこに輻輳している経路のトラフィックを分散させることで,ネットワークの効率性・堅牢性は格段に向上する。RACFの一機能であるルーティング最適化は,このような形で使うものと考えられる。

 複数経路の利用は,ネットワークの効率性・堅牢性は高めるがQoSを確実にするものではない。そこで次に考えられるのは,QoSが提供できる経路の中で,経路上の全リンクのコストの和が最小になる経路を選択するQoSルーティングである。トラフィック・エンジニアリングをこのQoSルーティングに展開する考え方も既に提案されている。

QoSを動的設定できるサービスを試作

 富士通では様々なIPトラフィック制御技術の検証を目的としたプロトタイプを試作している。最近では,総務省委託研究「ユビキタスネットワーク制御・管理技術の研究開発」においてQoS管理システムを開発した(図4)。JGN2拠点公開日の2006年12月18日に,3拠点(秋葉原,有楽町,小倉)を結び,QoS保証の有無による映像品質の差を体感できる様子を公開した。拠点のユーザーが帯域などのQoSの要求を簡単にシステムに送って利用できる。

図4●富士通が行ったQoS保証実証実験のシステム構成
図4●富士通が行ったQoS保証実証実験のシステム構成
[画像のクリックで拡大表示]

 この要求はQoSフロント・サーバーを経由し,ORRA(optimum route/resource allocation)サーバーに届けられる。ORRAがアドミッション制御を行い,さらに拠点にあるルーターに優先制御のためのマーキングを指示することによって高品質の映像が拠点間で視聴可能になる。ORRAは,資源利用効率を考えたルーティングを行なえるようになっている。なお,このシステムはQoSを必要とするアプリケーション開発を容易にするために,QoS要求をWebサービスとして公開する形式,具体的には,Apache Axisを採用している。これにより,QoS管理システムの利用を前提としたサービス,すなわち高画質のテレビ会議や映像配信などを迅速に開発し提供することが可能になる。このQoS管理システムはNGNのRACFそのものではないが,主な機能を実装している点で,RACFに向けたプロトタイプといえる。

 以上述べてきたIPのトラフィック制御技術の研究は,単一のネットワークを対象とした研究から,複数のネットワークをまたがる際のエンド・ツー・エンドQoSの提供という点に焦点を移しつつある。また,実際にこのような技術が導入されるかどうかは,ベストエフォートという文化で発展してきたIPの世界で,QoSが社会的・ビジネス的な価値として認識されるかに大きく依存する。IPトラフィック制御技術を導入したNGNにおける「品質提供サービス」の発展に期待したい。

加藤 正文(かとう・まさふみ)
富士通研究所ネットワークシステム研究所
主管研究員
1981年,横浜国立大学工学部修士課程修了。同年富士通研究所入社。ネットワーク制御技術の研究開発に従事。2006年6月より現職。

森川 久(もりかわ・ひさし)
富士通ネットワークソリューション事業本部
ソリューション開発センター副センター長
1974年,東京理科大学理工学部卒業。同年富士通入社。伝送系,IP系のオペレーションシステム開発に従事。2006年7月より現職。