ERP(統合基幹業務システム)パッケージが「パッケージ」でなくなる日が訪れるかもしれない。ERPパッケージ世界第1位の独SAPや、第2位の米オラクルが、SOA(サービス指向アーキテクチャ)に基づいて「サービス化」されたERPパッケージを提供しつつあるからだ。

 その好例が、SAPが08年にも中堅企業向けERPパッケージの新製品として提供する「A1S(開発コード名)」である。 A1Sはあらかじめサービス化を徹底したERPパッケージである。

 受注、発注、請求といった業務の単位で、システムに必要な機能を「サービス」として提供する。利用者からみれば、会計、販売、購買といった機能のかたまりである「モジュール」は存在しない。

 SOAに基づいているので、個々のサービスは、Webサービスを介して連携できる。利用者は、サービスを組み合わせるだけで、自社の業務に最適なアプリケーションを作ることが可能だ。ERPパッケージを導入するために、大きく業務を変更する必要はなくなる。従来のパッケージのイメージはここにはない。

 オラクルも、Oracle E-Business Suite(EBS)やPeopleSoft Enterpriseといった自社製品のサービス化に着手した。08年には全面的にSOAを採用した新製品「Oracle Fusion Applications」を投入する。

 世界第3位のインフォア・グローバル・ソリューションズや、ERPパッケージ「GLOVIA」を抱える富士通も、この動きに追随しようとしている。

 利用企業が望むのは完全に自社に合ったERPパッケージだが、多種多様な企業の要望を単体のパッケージに反映するのは不可能に近い。大手ベンダーがSOAを選択した理由はここにある。

 SOAに基づいた新世代のERPパッケージの特徴を一言で表現するなら、「イージー・オーダー」ということになる。ERPパッケージは「受注する」「請求書を発行する」といったサービスを提供するサービスのかたまりだ。利用企業はサービスを組み合わせれば、自社に合う“服”ができる。

 これに対して従来のERPパッケージは「既製服」に近かった。効率的に導入しようとすれば、メーカーが提供するソフトをそのまま使うしかなかった。

 パッケージの機能だけで、企業の業務を完ぺきに処理できることはほとんどない。現実には「BPR(業務改革)」を通じて、パッケージの機能に自社の業務を合わせるか、多額の費用を投じて「アドオン(追加開発)ソフト」で開発するしかなかった。

 もちろん、膨大な機能のかたまりであるERPパッケージをサービスとして再構成するのは簡単ではない。SAPとオラクルは数年をかけ、サービス化を実現してきたが、まだ道半ばである。

 何万通りにもなるサービスから、最適な組み合わせを選ぶのは簡単ではない。パッケージでなくなったERPは企業に何をもたらすのか。先進ユーザーと最新の製品動向から、サービス化されたERPの実像と、それが実現する新世代のシステム構築を探る。

オリンパスの挑戦 業務本位で組み合わせて使う

 「当社にとって、ERPパッケージは、業務を支援する機能の集合体。ERPパッケージを利用してシステムを構築するというのは、機能の組み合わせを考えることだ」。こう語るのは、オリンパスの北村正仁IT統括本部IT改革推進部 IT基盤技術部部長だ。

 この考えを実証するため同社は06年末、これまでの常識とは異なるERPパッケージの導入が可能かどうかの検証プロジェクトを実施した。

 既存の常識と異なる点は大きく2つある。1つはERPパッケージの導入手順だ。システム化したい業務の流れ、つまり業務プロセスを最初に定義し、業務プロセスにパッケージの機能を当てはめていく(図1)。

図1●オリンパスは、ERPパッケージが定義している業務プロセスを利用せずにシステムを構築した
図1●オリンパスは、ERPパッケージが定義している業務プロセスを利用せずにシステムを構築した
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 もう1つはシステムの連携方法である。ERPパッケージや自社開発のシステムなどが持つ機能を、サービスとしてとらえ、Webサービスを利用して必要な機能を呼び出す。SOA(サービス指向アーキテクチャ)の考え方を取り入れたのである。

CRMシステム構築の経験を生かす

 オリンパスは07年5月に、会計から販売、生産管理にかかわる大半の基幹業務をSAPジャパンのERPパッケージ「R/3 Enterprise」で刷新したばかり。4年に及んだ大規模開発の終了間際に、あえて検証プロジェクトに取り組んだきっかけは、医療事務機の修理業務を支援する「CRM(顧客情報管理)システム」の導入にあった。

 CRMシステムの構築に当たってオリンパスは、修理業務のあるべきプロセスをまず定義していった。「パッケージと自社の業務プロセスを比較し、その差分をアドオン・ソフトや業務改革で埋めていく」というERPパッケージの一般的な導入方法をあえて採らなかったのだ。

 その理由について、北村部長は「顧客満足度向上というCRMシステム構築の目的を達成するためには、既製服であるERPに満足せず、業務としてのあるべき姿を明らかにすることが欠かせないと考えた」と説明する。

 ただ同社にとってSAP製品で基幹システムを再構築するのは規定方針。システムの構築では、SAPジャパンのCRMソフト「SAP CRM」とERPのR/3 Enterpriseから必要な機能を選んで、適材適所で用いることとした。例えば契約管理機能はSAP CRMのものを、保守部品の在庫管理機能はR/3のものを使っている。複数の製品を組み合わせる接続部分は手作りで開発した。

 実はオリンパスはCRM以外のシステムについては、ERPパッケージの一般的な導入方法を採用している。

 複数のモジュールを連携させる手間はかかったものの、パッケージの機能に制約を受ける既存の導入よりも、CRMシステムでははるかに簡単に自らの望むものを作ることができた。

 この経験から、北村部長は「業務プロセスを構造化してから、ERPパッケージの機能を組み合わせる、SOAの考え方に近い導入方法が、今後は主流になる」と考えるようになった。

意識改革が必須に

 オリンパスはSOAの考え方に基づいた導入方法を現実にも取り入れる。欧米やアジアにある工場の生産管理システムをERPで再構築する際には、共通する業務プロセスを定義し、それを複数の工場へ展開する計画だ。

 ただ現状のまま、この方法でシステムを導入するのは難しい。北村部長によれば、「SOAに基づいてシステムを構築するためには、業務プロセスの構造化という上流工程が不可欠。開発、運用が中心だったシステム部門にとって苦手な領域」なのだ。 

 しかもサービス化したERPパッケージを導入するためには、新しい技術を習得する必要がある。CRMシステムの導入に当たっては複数のソフトの連携に手間取った。SAPのERPパッケージの最新版「SAP ERP 6.0(旧製品名mySAP ERP 2005)」は、Webサービスとして機能を呼び出せるため、こういった開発の手間はなくなる。ただし、「導入実績が少ない最新版の利用を提案してくるITベンダーは少ない」(北村部長)。オリンパス自ら新技術を習得するしかないのだ。

 これらの問題を解決するため、オリンパスは06年10月にシステム部門の組織を変更。システムの活用や戦略を考える「IT改革推進部(40人)」をシステム部内に新設した。「経営を理解し、攻めの経営を支える戦略的なシステム計画を立案する」(北村部長)ことができるようにした(図2)。

図2●SOAの考え方を取り入れたシステムの構築を目指し、新たな施策を始めた
図2●SOAの考え方を取り入れたシステムの構築を目指し、新たな施策を始めた

 もう1つの対策が、冒頭の検証プロジェクトだ。SOAへの理解を部員自身が深めるとともに、新技術の実用性を試すのが目的である。

 北村部長は、「サービスとして機能を利用できるERPパッケージが登場したことで、システム開発のあり方は確実に変化している。今、システム部門は、この変化に立ち向かう力が試されている」と話す。