ITpro読者の皆さんはNGNをどう見ているのだろうか。おそらく「インターネットに余計な機能はいらない」とか「日本だけ勝手にやっていて,世界と離れているんじゃないの」と,冷めて見ている人もかなりいるだろうし,「通信事業の一大転機」と考えて真剣に取り組んでいる人も多いはずだ。

 では,日本はNGNに率先して取り組む先進国である,ということについてはどうだろう。NTTの和田前紀夫社長は自ら「NGNで世界をリードする立場」と言っており,様々なインタビューや読者の意見などを読んでも,NTTの先走りを警戒する声こそ聞け,「もっと早くしろ」といった意見は皆無である。日本はNGNで世界の先端を行っていると思っている人が大半ではなかろうか。

 しかし,日経マーケット・アクセスの別冊「NGN市場総覧2007-2008」(マルチメディア振興センター国際通信経済研究所との共著)で世界の通信事業者の次世代ネットワークへの取り組みを詳しく調べたところ,「日本はNGN先進国とはとても言えないのではないか」,という思いが強くなってきた。

欧州,アジアで着々と進むNGN化

 諸外国の例をいくつか挙げよう。英国BTの21CNプロジェクトはよく知られているが,欧州では他にも多くの国・事業者が動き出している。

 例えばフランスFT,ドイツDT,イタリアTelecom Italia,オランダKPNといったかつての国有事業者は,どこもブロードバンドの拡張やIPTV(IPを使った放送サービス)といった新サービスに取り組んでいる。

 イタリアの新興事業者FASTWEBは,トリプルプレイ(IP電話とブロードバンド,IPTVを組み合わせたサービス)の先駆者として知られているが,すべてのサービスをIP上で提供していることやQoS(通信品質保証)の機能など,NGNとよく似たネットワークを作っている。また近年は無線ブロードバンドのWiMAXや,MVNO(Mobile Virtual Network Operator)として携帯からのアクセスを可能にするなど,アクセスの多様化も進めている。

 欧州以上に熱心に取り組んでいるのがアジアだ。隣国である韓国では,2004年に国家が策定したIT839戦略の一部として「BcN」と呼ぶブロードバンドの統合網構築が進んでいる。2010年までに有線・無線それぞれ1000万ユーザーにブロードバンドを使ったマルチメディア・サービスを提供するのが目標。韓国の世帯数は約1600万なので,1000万は6割強になる。

 これを受けて最大の通信事業者であるKTは2010年までに完全にFTTH化と電話のIP化を完了する見込みであり,LG Dacomは2008年,SK Telecomは2010年までにIMS(IP Multimedia Subsystem)への移行を完了するなど,どの事業者もBcNに向けて動いている。

 マレーシアには「MyICMS886」という韓国のIT839 によく似た政府の計画がある。2010年にブロードバンドの普及率は75%,第3世代携帯電話が500万加入者,携帯用テレビが90%のユーザーに普及,IPTVのカバー率が95%以上などを目標にしており,政府が出資するTelekom Malaysia(TM)が構築を始めている。

 フィリピンでは最大の通信事業者PLDT(Philippine Long Distance Telephone Company)がオールIP化によるサービスを始めているし,バーレーンは国家プロジェクトとしてブロードバンドの全戸普及とNGN化を2007年内に実現するとしている。インドネシアでも電話網のIP化が進行中だ。また,中国は世界最大級のIPv6網を構築している。

規制で出遅れる日本のIPTV

 これら諸外国に対して,日本で最もNGNに熱心なNTTの計画は2010年度までに3000万(日本の世帯数の約半分)を光ファイバーにするというもの。3000万ユーザーに光ファイバーというのは確かに多いのだが,比率で言えば韓国に負けている。

 電話網のIP化といった面でも,2010年に半分というのは早いとは言えない。日本はNGN推進において,先端を走る一国ではあるが,他国をリードしているわけではない,というのが現状である。

 さらに,日本以外の国ではIPTVサービスはブロードバンド化とほとんどセットで始まっている。というより,トリプルプレイ(ブロードバンド+IP電話+IPTV)のためにブロードバンド化を進めているというのが実情に近い。ユーザーにも好評のようだ。例えば,コスト削減を何よりも最重要課題とする英BTの21CNでさえ,BT VisionというIPTVサービスや携帯電話向けのテレビ・ラジオ・サービスBT Movioといった新サービスを提供している。

 それにひきかえ,日本のIPTVは鳴かず飛ばずだ。地上波の再送信ができないことなど,様々な規制でサービスの自由度が大きく制限されているため,CATVと比較して魅力的なサービスを打ち出せない。ようやく地上デジタルの同時再送信についてはガイドラインの暫定版が出たが,かなり厳しい条件になりそうだ。日本では通信と放送の融合といっても,通信技術を使って放送サービスが提供できるというだけで,融合して新しいサービスが生み出されるというところまで行くかどうか,心許ない。

世界で通用していない国内メーカー

 日本の通信機器メーカーも,世界市場ではトンと名前を見かけなくなってしまう。

 NGNはかなり複雑なシステムなので,一社の製品ですべてを構築することはあり得ない。多くの場合,メーカーの一社がネットワークのインテグレータとして,他社製品を組み合わせて構築するという形態を取る。様々な通信事業者やメーカーから出るプレスリリースを見ていると,このときによく登場するのは仏Alcatel-LucentやフィンランドNokia Siemens Networks,米Cisco Systems,中国Huawei Technologiesといった海外ベンダーだ。日本のメーカーの製品も中では使われているのだろうが,名前が出てくることは少ない。

W-CDMAの二の舞は防げるか

 もちろん,NGNを早く構築しても,それだけでは自己満足に過ぎない。例えば,日本はW-CDMAを世界に先駆けて始めたが,日本の携帯電話端末の世界市場におけるシェアは下がる一方である。機能・コスト・サービスすべてにおいて世界レベルを実現することで,世界における日本の通信事業者,メーカー,サービス・プロバイダーの影響力が増すのだと思う。

 電話交換機の時代が終焉(しゅうえん)を迎え,NGN化は否が応でも全世界で今から10数年の間に起こる。世界に通用する日本になるチャンスは十分にあるだろうし,そうなって欲しいと思う。だが,今のままではその実現は困難だ。