衣類や靴,身の回りの小物などが欲しくなったとき,百貨店の伊勢丹に足を運ぶことがある。よく行くのは,新宿本店の一角にある男性顧客向けの「メンズ館」だ。

 ここは,百貨店業界の商習慣を破って異なるブランドの商品を“仕切りなし”に並べ,比較しながら購入しやすくしたことで話題になった店舗。最近ではこの伊勢丹流の売り場に,筆者もすっかり馴染んでしまったような気がする。気に入っているのは筆者だけではないようで,メンズ館は2003年の開業以来,急速に売り上げを伸ばしている。

 その伊勢丹と三越が8月23日に,持ち株会社を設立して経営統合すると正式発表した。新聞報道などでご存知の読者もいると思うが,この経営統合は,業界シェアでは下位の伊勢丹が業績不振の三越をリードする形で進む。百貨店業界の老舗中の老舗である三越に対して,伊勢丹流の“売れる店づくり”の原動力である情報システムや商品仕入れなどの業務プロセスを,今後どのように持ち込んで定着させるか。ここに両社の経営統合の成否がかかっている,といっても過言ではないだろう。

 こうしたM&A絡みのシステム統合でよく問題となるのが,“異文化”の衝突だ。

 筆者は以前の「記者の眼」で,メガバンク(旧・大手都銀)のシステム部門に勤務する友人が,他行との経営統合に伴い,銀行同士のエゴのぶつかり合いのために無用なシステム作りを強いられた,というエピソードを紹介した。統合相手の銀行があるシステムを既に保有しているのに,それと比較するだけのために,同じ機能を持つシステムを突貫工事で開発させられた,というのだ(「理不尽と戦う準備はできていますか?」)。

 このケースは,金融自由化以前の横並び意識がまだ根強く残っていた時代に,事業規模も情報システムのレベルもほぼ同等の銀行同士が合併する,というもの。そうした状況のもとで,異文化の衝突が極めてタチの悪い形で表れたと言える。

 その点,当事者同士の“強弱”や,互いに補完すべきものがはっきりしている伊勢丹と三越の経営統合では,こうしたバカげた次元の衝突は起きないだろうと思う。互いに新たな店舗と顧客層を手に入れる一方で,三越には伊勢丹流の新たなビジネス・モデルを導入する。そのうえで,投資家からのプレッシャーにさらされながら,早期に経営統合の成果を上げなければならない。システム部門同士のエゴをぶつけ合っている暇はないのだ。

 とはいえ,異なる企業のシステム統合が単純であるはずはない。両社の文化が染み込んだ既存システムや,システム部門の組織体制,開発スタイル,使用する技術・製品など,今後すり合わせなければならない案件は山積みである。加えて,両社は過去に別の百貨店との間で,包括的な業務提携や商品仕入れシステムの共同化などを手がけてきた経緯もある。それらも含めて両社が検討を重ね,システムを統合したり連携させたりする過程では,さまざまな軋轢が起きても不思議ではない。

 筆者は,理不尽な状況に巻き込まれた友人の怒りや不満を直接聞いたことがあるだけに,そうした軋轢が決して,前述したような“バカげた衝突”に陥らないことを祈るばかりだ。そのためには,システム部門同士の無意味な平等主義を排除する必要があるが,その大前提(合理的な理由付け)として,システム統合プロジェクトのゴールを経営統合の目的に合致させ,それをシステム開発のトップから現場の隅々にまで周知徹底することが重要になるだろう。そうすることが結局,両社と株主の利益になるだけでなく,システム部員を無益な苦しみから解放することにもつながるのではないか。