IEEE802.11nには長距離化や高速化の技術が実装される。そこでこうした技術がどの程度有効に働くのかを見るために,距離によるスループットの低下傾向を調べてみた。802.11gが150メートル以遠で通信不能になったのに対して,802.11nは250メートルまで通信可能であり,新技術の効果が確認できた。

 8月1日,日経コミュニケーションは802.11nのアクセスポイント(AP)と端末の距離によるスループットの変化を計測した。

 802.11nの距離特性を測定しようと考えたのは,802.11a/gよりも高速かつ遠くまで通信できる技術が実装されているからだ。具体的には,MIMO(multi-input multi-output)と合成ダイバーシティである。

 MIMOは送信側/受信側の両方で複数のアンテナを持ち,それぞれのアンテナから異なる信号を同時に送ることで高速化する技術。2本のアンテナを使って,それぞれから同時に異なる信号を流すと,1本のアンテナの場合と比べて理論上2倍の速度を実現できる。

 合成ダイバーシティは,複数のアンテナで受けた信号を合成することで信号の劣化を抑える技術。一般に広い帯域を使って通信をすると,通信帯域中で受信信号が大きく低下する個所が出る。複数のアンテナで受信するとそれぞれ劣化している個所が違う。信号を合成することで劣化している個所を補い合い,信号が安定する。

屋外で利用可能な5GHz帯を利用

 計測では周波数帯域としてW56(5.47G~5.725GHz)を選択した。免許不要で屋外利用できる5GHz帯がW56のみだったからである(表1)。

表1●5GHz帯の利用制限
現時点で免許不要で屋外利用できるのはW56だけである。
周波数帯域 4.9G~5GHz/
5.03G~5.09GHz
5.15G~5.25GHz 5.25G~5.35GHz 5.47G~5.725GHz
名称 - W52 W53 W56
使用場所 屋内外 屋内限定 屋内外
免許 登録が必要 不要
DFS 不要 必要(APのみ)
周波数を
共用する
主なシステム
マイクロ固定局/
着陸システム
移動衛星 気象レーダー,
地球探査衛星
各種レーダー
DFS:dynamic frequency selection

 W56は2007年1月に総務省が無線LANに開放した周波数帯。W56の開放以前からも,屋外で利用可能な周波数帯域として4.9G?5GHzおよび5.03G?5.09GHzがあった。しかし,アクセスポイントを設置するのに総務省への届出が必要なため,一般ユーザーが気軽に利用できなかった。

 ただし,W56の利用には制限がある。各種レーダーと周波数を共用するために,同じ周波数を使う無線LAN以外のシステムを検知したら,別の周波数に移動して通信を開始するという仕組みであるDFS(dynamic frequency selection)の実装が義務付けられているのだ。規定では他のシステムを見つけた場合には,1分以内に周波数を移動し,30分間は元の周波数に戻れない。

 実際に測定に使用した機器でW56に設定すると,利用しようとする周波数帯域を1分間走査してから動作を始める(写真1)。実験時には何度か機器に電源を投入する機会があったが,1度も周波数を変更することはなかった。

写真1●W56を設定したときに表示される警告画面
写真1●W56を設定したときに表示される警告画面
1分間他のレーダーとの干渉を検査するため,接続できない。

多摩川の河川敷でテスト

 距離による速度変化の計測は次のような方法で臨んだ。まず,測定場所として,多摩川の河川敷にあるまっすぐな歩道を選択。APをその路上に設置した。APの電源には,持ち運び可能なバッテリーを使用した(写真2)。

写真2●実験に利用した機材
写真2●実験に利用した機材
ポータブル・バッテリーからアクセスポイントの電源を取り,2台の「レッツノートR4」間でスループットを計測した。

 サーバーとなるノート・パソコンをAPにイーサネット・ケーブルで接続。このノート・パソコンから,無線LANカードを挿したノート・パソコンにデータを送ってそのスループットを計測した。測定位置ごとに10秒間の平均スループットを3回測り,最も速い値を採用した。スループットの計測には「iperf」(http://dast.nlanr.net/Projects/Iperf/)を利用。TCPのウインドウ・サイズは256Kバイトに設定した。

 測定は,NECアクセステクニカ製の802.11nドラフト2.0対応機器と802.11g対応機器で実施した。802.11n機器は無線LANルーター「AtermWR8400N」と無線LANカード「AtermWL300NC」の組み合わせ,802.11g機器としては無線LANルーター「AtermWR7850S」と無線LANカード「AtermWL54SC」の組み合わせを利用した。

 802.11gを計測したのは11nと比較するためである。本来であればW56の帯域を使った802.11aで計測して比較すべきだが,測定日の時点でW56対応の11a機器が出荷されていなかったため,11gのみの測定となった。

合成ダイバーシティの効果を実感

 測定結果は,図1のようになった。まず,距離を見てみると802.11nは250メートルの地点までスループットが計測できたのに対して,802.11gは150メートルまでしか計測できなかった。ただし,802.11n/gともに測定限界の場所ではリンク切れが多発し,不安定な状態だった。

図1●802.11n(W56)と11gの距離特性
図1●802.11n(W56)と11gの距離特性
11nが250メートルまで通信できたのに対し,11gは150メートル以上の場所では通信できなかった。
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 速度を見てみると,802.11nは50メートル以内の近い場所で55M~63Mビット/秒程度だったが,その先で一気に落ち,100メートルで半分以下の24.6Mビット/秒,150メートルでさらにその半分の13.3Mビット/秒,200メートルで4.77Mビット/秒となった。なお,802.11nのスループットの最大値が60Mビット/秒程度にとどまっているのは,機器の制限上,最大の通信速度が130Mビット/秒であるためだ。具体的には,W56において20MHz幅でしか通信できず,さらにガードインターバルが800ナノ秒しか選択できない。

 一方の802.11gは40メートルまでは30.3M~32.7Mビット/秒だったのに対し,50メートルでは21.2Mビット/秒,100メートルでは3.79Mビット/秒,150メートルでは308Kビット/秒と急激に速度を落とした。

 今回の測定では802.11nと11gで違う周波数帯域を使っているため,単純に比較はできないが,MIMOや合成ダイバーシティといった11nに搭載される技術は,高速なまま距離を延長する効果があるようだ。