世界最大の巨大な携帯電話市場に成長した中国において,違法な携帯電話機が問題になっている。「黒手機」(ヘイショウチー)と呼ばれる密輸品や偽ブランド品などだ。低価格で入手できることもあり,一部の調査では全端末のおよそ25%がこの黒手機でないかと推定されている。しかし,低価格帯を違法な携帯電話機が席巻してしまったため,同じセグメントを狙う中国国内メーカーのシェアが低下。中央政府までもが問題視する事態に発展している。

(日経コミュニケーション編集部)

 最近の報道で携帯電話の加入数が5億を超えたといわれる中国。その中国で最近問題視されているものの一つとして,密輸品や偽ブランドなどの「黒手機」(中国語でヘイショウチーと読む)の存在が挙げられる。

※「黒」は「黒社会」(ヤクザ),「黒客」(ハッカー)など「闇」「裏」「違法」という意味で使われる。「手機」は「携帯電話」の意味(大陸の簡体字では「手机」と表記)。黒手機は,日本語で言うと「ヤミケータイ」に当たる。

 「黒手機」について述べる前に,中国の携帯電話のビジネスモデルは日本のものとは全く異なることに触れる必要がある。中国は日本のような通信事業者主導型のビジネスモデルではない。通常はSIMカードと端末が別々に販売され,利用者はメーカーのショップや街中の小規模店舗などで自分の好きな端末を購入する。これに,別に通信事業者から購入または契約したSIMカードを挿入して使用するという形が普通である。

 また,プリペイド方式が5億加入のうちの7割近いというのも特徴だ。農村部を中心に急増中である最近の各月純増数(500万~600万)で見れば,その9割以上がプリペイドであることも留意しなければならない。日本の携帯市場とはそもそも構造が異なっているのだ。このような市場環境が,違法ケータイ「黒手機」が跋扈(ばっこ)する余地を生んでいる。

 「黒手機」の存在は以前より問題とされ,中国政府も取り締まりなどの対策を実施してきていた。しかし,実際にはそれらの対策は奏効しなかった。ここ1~2年の間に農村部まで携帯電話サービスが急速に普及したことにより,黒手機は正規端末を脅かすシェアまでに拡大している。特にローエンドで競合する中国国内の携帯メーカーに打撃を与えている状況にあるため,直近の報道によれば,中央のハイレベルを含む政府関係部門が再度連携して取り締まりを強化するという。

 通信部門の監督官庁である情報産業部が6月に公表したデータによれば,2007年1~6月の中国の携帯電話総販売量(国内市場・輸出用含む)は2億6680万台に達し,対前年比33%増となった(うちGSM端末販売量は2億2725万台,CDMA端末販売量は3955万台)。しかしながら,中国メーカーのシェアは引き続き下降し,1~5月では33.8%にまで落ちているという。この原因となっているのは「黒手機」の存在である。

 中国大手市場調査会社CCIDコンサルティング(賽迪顧問)が7月に発表した調査報告によれば,2007年上期の中国国内市場における正規の携帯電話販売量はおよそ7220万台。この数字とは別に存在する「黒手機」の規模が2343万台としており,これが正しければ,正規と黒手機を合計した国内市場の実に4分の1が「黒手機」であることになる。

香港事業者の「無料お試し期間」を利用して密輸

 「黒手機」には,主に3種類の分類がある。「水貨手機」(密輸品),「雑牌(貼牌)彷冒手機」(偽ブランド),「翻新●装手機」(部品差替え中古品)である。このうち,台数的には「水貨」が最も多いという。2006年以降,「水貨」を購入した消費者から,修理などアフターサービスが受けられないなどのクレームが情報産業部に対して相当数寄せられているものの,巨大な利益を生み出す商売であることもあり,イタチごっこの状況が続いている。海外ブランドのうち,特に韓国サムスン電子,フィンランドのノキア,英ソニー・エリクソンの「水貨」端末が最も多い。8割以上の「黒手機」は,香港と接する広東省深センから入ってくるとされている。

●=手ヘンに并

 「水貨」の代表的な事例として,中国の大手メーカーである華為技術(ファーウェイ・テクノロジー)が香港の通信事業者に納入したW-CDMA/GSMデュアルモード端末がある。W-CDMAがまだサービスされていない中国本土に大量に密輸され,「黒手機」化した例が報道された。現地報道をまとめると,具体的な内容は次の通りである。


 2005年に華為は,香港の携帯電話事業者サンデー(現PCCWモバイル)向けに同社初の第3世代携帯電話(3G)端末として「U636」というハイエンド機種を30万台規模で納入した。この端末はすべてサンデー向けに提供されたもので,端末上に「For Hong Kong Only」との表示がなされている。

 華為の携帯部門責任者によれば,この端末が香港で「ゼロ香港ドル」販売モデル(お試し期間中3ヵ月間は端末費用無料というモデル)という形で売り出されたことにより,一部の販売業者がそれを利用して端末を中国本土に大量に転売したのではないかという。

 U636は卸値が700~800元(約1万~1万2000円)前後で,テレビ電話やストリーミングをサポートしている。さらに130万画素の回転可能なカメラやBluetoothなどの先進機能も備え,消費者にとって性能価格比が非常に高いモデルである。そのため,第2世代携帯電話(GSM)しか提供されていない中国本土でも人気が高い。

 深センで実際に携帯電話販売を営む関係者の話では,自社が販売するU636端末はすべて密輸品であり,現在すでに十数万台が販売済みであるという。深セン以外にも,かなりの数が中国の全国各地の市場に流入しているという。


ノキアの新機種登場と同時に偽ブランド「NOKLA」の新機種が登場

 次に巷に出回る「偽ブランド(雑牌・貼牌)」に分類される「黒手機」について概観する。最近の携帯市場ではNOKTA,Suny Ericssomなどのブランドが出現している。よく見てみると,これらは普通目にするノキアやソニー・エリクソンではない。このような「黒手機」は完全に有名ブランドの端末と外形は同じで,もとのブランド・ロゴを利用して一部だけ文字を書き換えるような形で売られている。専門家によれば,これら端末は情報産業部が統一管理する「入網許可」(注)を取得しておらず品質保証もない。電池の安全性,電波反射強度など人体に危険を及ぼす項目の検査測定もされず,安全性に極めて問題があるという。

(注)通信網に接続する機器に対して情報産業部が発行する許可証。

 例えば,ノキアの旗艦機種である「N95」が市場に登場するのと同時に,外形がほとんど同じである「NOKLA N95」が広州市場に登場した。個人販売業者の集積地では,このような有名ブランドの模造品が出現しており,ロゴも酷似したものが付けられている。NOKLA以外にも,NOKTA,notorola,Suny Ericsscnなどの紛らわしい端末が出回っている。いずれもノキア,モトローラ,ソニー・エリクソンの最新機種に見た目は酷似しているが,作り,材質,機能などの細部はブランド品と相当の差がある。

 このような「黒手機」の拙劣な模倣は,著名な外国ブランドに対して商標上の損害を与えているだけでなく,急成長するローエンド,超ローエンド端末市場はまさに「黒手機」の主要攻撃目標となっている。正規品のシェア,特にこの価格帯で競合する中国の国内メーカーのシェアを奪うこととなり,業界全体に深刻な影響を及ぼす結果となっているわけである。

黒手機に市場奪われるレノボ,ハイアールなどの「老舗」中国メーカー

 ただし,識者の間ではこのような指摘もある。中国国内のメーカーは「黒手機」を仇敵として見ているのに対し,海外ブランド側の「黒手機」に対する反応はそれほど強烈でないというものである。海外メーカーが商標侵害などについて裁判所に告訴した事例はあるものの,模倣端末に対して具体的措置をとる準備をしていない海外メーカーもあり,国内メーカーと海外メーカーの間では「黒手機」に対する態度に温度差があるという。

 現在,中国の端末メーカーは非合法なものも加えれば数百社あるといわれている。そのうち「老舗」といわれる大手国内メーカーでは,波導(バード),聯想(レノボ),夏新(アモイ),海爾(ハイアール),TCL,康佳(コンカ)などが有名である。

 これに対し,1999年に制定された製造ライセンス制の導入後などに遅れて参入した「新参」メーカーの多くは,代理製造による資金と経験の蓄積からブランドを立ち上げたものである。その多くが深セン,広州など南方地域にある。

 さらにライセンスを持たない小規模経営の企業も南方を中心に存在する。「黒手機」は主としてそのような小規模経営の工場で生産されている。「黒手機」を問題視する国内メーカーとは,主に前述の「老舗」国内メーカーのことであり,「新参」メーカーは「黒手機」を攻撃しない。

 この背景として,関係者が語るところによると,現在の多くの「新参」国内端末メーカーは模倣製品製造から始まった。使用するチップはすべて中国製または台湾製の安価なものを使用し,コストを最小限に抑えている。この一方で,こうした「新参」の国内メーカーは,基本的に技術力,研究開発能力が不足しているため,ほとんど既成の設計方法に従って組み立てているだけであることが多い。海外メーカーはコア技術をすでに掌握していることから,「黒手機」がどう転んでも海外ブランドと拮抗する競争相手になりえない。そのため,海外メーカーは商標の話以外には「黒手機」をそれほど問題にしないという。

 また,海外ブランドと「黒手機」の消費者セグメントが異なるということも挙げられる。ある「老舗」国内メーカーの責任者は,「自社の商品は1500元(約2万3000円)を超えない価格にしている。競争分析を行う際には外国ブランドの1500元以上の機種と比較する必要はなく,800元(約1万2000円)前後の商品を深く比較分析,特に『新参』の商品分析を行う必要がある」と語っている。「老舗」国内メーカーの基本ポジションも低価格端末であるため,これが市場セグメントの点で「黒手機」と図らずも一致することが見て取れる。

 「老舗」国内メーカーは外国ブランドからの圧力のもと,ローエンド,超ローエンド市場にも進出しようとしているが,これらの市場はかねてより「黒手機」の天下であった。「老舗」国内メーカーは外国ブランドからの圧力を受けつつ,下からは「黒手機」の攻撃を受けている。また,「新参」国内メーカーにとっては,もともと彼らも「黒手機」メーカーの仲間であり,長期にわたり農村市場での実績があるので,正式メーカーになってからもある意味のブランド優位性がある。そのため,彼らは「黒手機」を攻撃しないというわけである。

 このように,中国の携帯電話市場は急速成長の中,数々の問題が噴出していることに留意をしておく必要がある。

■参考資料
(1)業界大手が情報産業部と連携して「黒手機」取締へ(中華工商時報,2007年6月18日)
(2)国産携帯シェアが引き続き下降,「黒手機」が25%のシェア(北京晨報,2007年6月26日)
(3)華為の3G携帯が香港から内地へ浸透,「黒手機」化(第一財経日報,2007年6月20日)

町田 和久(まちだ かずひさ)
情報通信総合研究所
1986年東京外大中国語科卒業,NTT入社。北京駐在他海外関連業務を経て2004年より現職。中国を中心としたアジア地域におけるICT分野全般に関する調査研究及びコンサルティング業務に従事。


  • この記事は情報通信総合研究所が発行するニュース・レター「Infocom移動・パーソナル通信ニューズレター」の記事を抜粋したものです。
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