万人向けの道具にはなっていないものの、新機能の迅速な追加やソース・コードが公開されていることなど、オープンソースには商用ソフトにない独自の良さがある。この点に注目し、主体的に開発に取り組んで導入や運用にかかわる課題を乗り越え、オープンソースの良さを生かそうとする企業も増えている。

 コミュニティが変質し、サポートの負担が重くなるオープンソースを、いかに使っていくのか。オープンソースの技術者が増えてきているなか、企業の取る道は二つに分かれる(図9)。

図9●オープンソース・ソフトの企業情報システムでの活用は分岐点に
図9●オープンソース・ソフトの企業情報システムでの活用は分岐点に

 一つは、自社でソフトの開発にまで参加していくことだ。自らの開発力を高めて、オープンソースを使いこなそうという選択肢である。もう一つは、開発にあたってオープンソース・ソフトに精通したベンダーを活用することである。現実にさまざまな企業が、これらの方法のいずれかでオープンソースの導入に取り組んでいる(表1)。

表1●オープンソース・ソフトの活用に取り組むユーザー企業
表1●オープンソース・ソフトの活用に取り組むユーザー企業  [画像のクリックで拡大表示]

NTTはグループから80人を集結

 自らオープンソースの開発・保守に乗り出した企業に、NTTグループがある。今年4月、NTTはグループ会社全体で、システムのオープンソース化とその運用・保守を支援する組織を作った。名称は「NTT オープンソースソフトウェア(OSS)センタ」。同社の研究所に加え、NTTコムウェア、NTTデータなどから、Linuxの研究に携わってきた技術者ら総勢約80人を集めた。

 「当グループには、主要なものだけで数百を超すシステムがある。内部調査の結果、そのうちの8割程度にオープンソース・ソフトを使えることが分かった。運用・保守まで内部で手掛ければ、大幅なコスト削減が可能になる」。NTT第三部門 NTT OSSセンタの畠中優行センタ長は、自前で体制を築いた理由をこう述べる。

 すでにNTTは、オープンソース・ソフトを組み合わせた社内標準プラットフォーム「OSSVERT(オズバート、OSs Suites VERified Technically)」の策定を開始した。動作検証などを実施し導入の手間を減らすことで、利用を促進する。

 まずLinuxとApache、Tomcat、PostgreSQL、負荷分散ソフトのUltraMonkeyを組み合わせたものをOSSVERTとして認定した。さらに今後、これら以外のソフトを組み合わせたものについても、OSSVERTに取り込んでいく方針だ。

 認定したソフトについては、必要な機能があれば、自ら開発する。「コミュニティに頼るだけで、自分たちの望む機能を実現させるのは難しい。自ら開発し、コミュニティに採用されるように活動する」(NTT OSSセンタの北井敦OSS推進担当部長)。

 実際に同社は、OSSVERTを基幹系システムでの利用を前提に、ソフトの機能強化に取り組んでいる。例えば、PostgreSQLについては、管理するデータが100Gバイトを超えるシステムで、24時間連続稼働を可能にすることを目指す。すでに、自動的にデータ配置を最適化する機能の改良や、トランザクション処理の排他制御による待ち時間を少なくする改善を加えた。

人を育て、ベンダー丸投げから脱却

 NTTのように、オープンソースに詳しい技術者が内部にいる企業は少ない。ブログなどのサービスを提供するGMOメディアは、技術者の育成に力を注いでいる。オープンソースの情報が増え、動作検証のツールも充実してきた今、人材を育成しやすくなった。

 GMOメディアでは、元々ベンダーにシステムの開発を任せていたが、「インターネットから直接情報を収集して対処すれば、商用ソフトを使ってベンダー頼みで解決するよりも早い。トラブル対応の迅速化にはオープンソースが一番」(同社のシステム本部 堀内敏明 取締役・システム本部長)との理由から、02年を境に自社開発に変更した。同社では、OSにはコミュニティが作成するCentOS、データベース・ソフトにはオープンソースとして公開されているMySQLを使う。

 GMOメディアには開発担当者が30人弱、10人弱のシステム管理担当者が在籍する。現在では、システム部のほぼ全員が、オープンソース・ソフトを使ったシステムでトラブルが生じた際に、原因を分析し、これを解決できるようになった。

 だが社員数が100人ほどで、それほど企業規模の大きくないGMOメディアが、オープンソースを熟知した技術者を集めるのは簡単ではない。

 同社では、「スキルがあるにこしたことはないが、新しい技術を調べたり自分で作ったりするのが好きな人材を採用して育成することにした」(堀内氏)という。「ソフト検証用のハードやツールを、GMOグループで整備していたことも、技術者の育成に踏み切れた要因」(同氏)と続ける。

枯れた状態で使い始める

 7年前からLinuxを積極的に導入してきた住友電気工業は今年、PostgreSQLを全社的な標準に採用。ほぼオープンソースで社内標準を固めた。同社は、できるだけ品質に不安のない状態のオープンソースを利用する方針を採る。

 「オープンソースを利用して、サポートの負担が増すのは、パッチ・ファイルを適用しなくてはならないからだ。事前にソフトの品質を精査して、できるだけパッチを適用せずにすむようにしている」(情報システム部システム技術グループの中村伸裕グループ長)。

 住友電工の場合、自らソースを書き換えることはほとんどない。代わりに、内部での導入時点の検証に力を入れている。バグが多いオープンソースをすべてのシステムに使うとなると、情報システム部門の一部だけがノウハウを持つだけでは間に合わないからだ。

 そのため、「テスト方法や報告書の書き方などの検証プロセスをマニュアル化している」(中村グループ長)という。同社の情報システム部門は50人ほど。新入社員にもオープンソースの品質チェックを手掛けさせている。

コミュニティとのホットライン築く

図10●欧米のユーザー企業では、オープンソース・ソフトを利用するかと、コスト意識が高いかどうかは無関係
図10●欧米のユーザー企業では、オープンソース・ソフトを利用するかと、コスト意識が高いかどうかは無関係

 社内に技術者を抱え、オープンソースを自ら使ってシステムを構築するのは、一つの理想ではある。実際に日本よりも早くオープンソースが広まった欧米では、「コストよりも、道具として自由に扱えることを重視している」と、ガートナー ジャパンの亦賀忠明バイスプレジデントは言う。米フォレスターリサーチの調査結果でも、欧米企業がコストに関係なくオープンソースを採用していることが分かる(図10)。

 これに対し、「日本企業はどちらかというと保守的。開発をベンダーに頼ってきた企業も多く、いきなりすべてを社内でこなすのは難しい」(亦賀バイスプレジデント)。サポートについて、ユーザーが主導権を握りながら、力のあるベンダーを見つけて、管理していくのが現実的だろう。

 三菱東京UFJ銀行は、07年春の稼働をメドに再構築を進めている「リスク管理システム」にオープンソースの開発フレームワーク「Seasar2」を使う。リスク管理システムは、資金運用におけるリスク指標や損益を管理するもの。

 開発生産性の高いツールを探した結果、Seasar2やSpringといったオープンソースの開発フレームワークにたどり着いた。ただSpringのコミュニティの中心は英語圏になる。国内ではサポートも心許ない。

 そこで三菱東京UFJは、Seasar2の採用を決めた。Seasar2は元々、国内の技術者が作り出したもの。コミュニティのメンバーがいることなどから、システム・インテグレータの電通国際情報サービスを選び、有償でSeasar2のサポートを担当させることにした。

 サポートについては、通常の問い合わせへの対応だけでなく、Seasar2の開発者と電話で直接話せるようにしている。三菱東京のシステム子会社で、開発を担当したUFJISの市場業務システム部 割田昭一プロジェクトリーダーは「とにかく素早く対応してもらえる体制が重要だった」と話す。

 今までのところ、この方法は吉と出ている。「問題解決までの時間が短くなった。現在は、システム・テストに差し掛かったところだが、3割程度前倒しでプロジェクトが進行中」(割田プロジェクトリーダー)という。

ベンダー経由でスキルを吸収する

 ひまわり証券も、市場情報提供システムに国産オープンソースの開発フレームワークMayaaとSeasar2を採用した。同社にとって初めてのオープンソースの取り組みである。

 「ゆくゆくは自分たちで保守していけるようにしたい」(同社の中野和彦 システム部開発部長)という狙いもあり、開発者がベンダーに勤務する国産のオープンソースを選んだ。

 「知識を身に付けるには、コミュニティのメンバーと一緒に開発するのが近道。単にコミュニティに質問しても、自社に特化した内容だと回答が得にくい」(中野開発部長)という考えだ。市場情報提供システムの開発では、ひまわり証券の技術者をグルージェントのメンバーと組んで作業させている。

 今年11月にはSeasar2を使った開発の第二弾となる、オンライン・トレード取引システムが稼働した。現時点では、Seasar2を利用するアプリケーションの開発作業ができるようになっただけだが、「自社開発の体制に一歩近づいた」(中野氏)。

ベンダーに任せて時間を買う

 社内にオープンソースを知る技術者を抱えたうえで、外部に開発を委託する方法もある。ブログやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を提供するドリコムは、今年6月にSugarCRMを導入した。

 「業務の拡大に伴って営業支援システムを導入することにしたが、なかなか当社の業務に合うようなパッケージ・ソフトがなかった。ある程度、ソフトをカスタマイズしなければならないことを考慮して、SugarCRMを選んだ」(吉田浩一郎執行役員・戦略営業部長)。

 導入に当たっては、「餅は餅屋。自社の技術者は本業のサービス強化を優先させたい」(吉田執行役員)と判断して、販売実績のあるシーイーシーに開発を任せたという。SugarCRMは有償版かどうかにかかわらず、スクリプト言語であるPHPのソース・コードで提供する。吉田執行役員は、「幸いなことに、当社はPHPでシステムを開発できる技術者がいる。いざとなれば完全に自由に利用できる無償版をダウンロードしてきて、自分たちで開発すればよいと考えている」と語る。

オープンソースはグローバル化の象徴
亦賀 忠明 氏
亦賀 忠明 氏
ガートナー ジャパン リサーチ
ITインフラストラクチャ
バイスプレジデント

 現在、企業競争はグローバル化がさらに進んでいる。自らの商品やサービスを国際展開するだけでなく、世界中から自らのビジネスに最も役立つモノやサービスを調達しなければ、国際競争力を維持するのは難しい。

 これはシステム開発やソフトの世界でもいえることである。世界中の開発者が機能を追加していくオープンソースは、グローバル化の流れを反映したものだ。これからは、オープンソースをうまくシステム開発に取り込むことができるかどうかが、企業のIT活用を左右する可能性もある。

 実際に米国では、こういった面を理解したうえで、自社のシステム開発の道具として、オープンソースを利用している。単に安価に使えそうだからという理由で、オープンソースを採用する企業は減ってきた。

 これに対し日本では、商用パッケージ・ソフトの廉価版だとオープンソースをとらえる企業が、依然として多いようだ。オープンソースがどういったものなのかをきちんと理解していないで、使いこなせるはずがない。

 日本企業の多くは、開発を外部のベンダーに依存してきた。そのため、自社のシステム開発にどのようなソフトをどう使うべきなのかを自分で判断できなくなっているのだろうか。

 ベンダーにシステムの開発を任せることが必ずしも間違っているとはいえないが、現在のように技術の変化が激しい時代には、自らに適した技術を見抜く力が必要になる。グローバル化が進むなかで、オープンソースをいかに有効に使っていくかが日本企業に問われている。