テクノロジー・リーダー向けサイト「Enterprise Platform」は、複数の雑誌やWebサイトの記者達によって作られている。会議室や電子メール上で常時行われている、担当記者と編集長のやり取りを公開していく。今回は,Enterprise Platformの編集長谷島宣之の独り言を掲載する。

 深夜、事務所に独り残って、メールマガジンの原稿などを書いていると、さすがに疲れてくる。休憩のためにITproをぼーっと見ていたところ、サイトの巻頭に「日本の『ワークスタイルのデジタル化』は数年遅れている--マイクロソフトのヒューストン社長」という記事が挙がっていることに気づいた。

 ヒューストン氏には申し訳ないが、筆者は大変短気なので、記事の見出しを見て、立腹した。中を読んでみると、ヒューストン社長は,「年金問題やWinnyによる情報漏えい事件に見られるように,日本でもレガシー・システムを維持することのコストや複雑性が明らかになった。レガシー・システムを,Windowsのような標準技術に基づくオープン・システムに移行することで,日本のITを取り巻く深刻な問題を解決してほしい」と訴えたという。

 こんな原稿を書いたのは誰だ、と最後の署名を見ると、なんとEnterprise Platformに多大な貢献をしてくれているN記者であった。むっとして事務所を見渡すが、当然、N記者はいない。電子メールを送りつけてやろうと考えたが、尊敬している大先輩から「メールで議論をしてはいけない」と忠告されたことを思い出して止めた。N記者の携帯電話を鳴らすか。しかし夜中の2時である。携帯電話を持っていない筆者が会社の電話からN記者の携帯にかけたら、温厚な彼も怒るだろう。というわけで電話も止めた。

 読者の皆様は、筆者が何に怒っているか、お分かりだろうか。マイクロソフト嫌いのエンジニアの方は、「マイクロソフトなんぞに、遅れているなどと言われたくない」とうなづいたかもしれない。アメリカ嫌いの読者からは、「ワークスタイルのデジタル化などという代物はアメリカの妄想であろう。日本は日本のやり方がある」とこれまたうなづいたかもしれない。

 だが、筆者がいらいらした理由は別なところにある。少し長くなるがお付き合いいただきたい。

 実は4年前、マイクロソフト日本法人の社長は、ほぼ同じことを言っていた。2003年7月7日に筆者が書いた記事をWebサイトに再録したのでその冒頭部分を紹介する(「単体の安さ追求は無意味、問題はシステム」)。

 2003年7月1日にマイクロソフト日本法人の社長に就任したマイケル・ローディング氏の談話が、6月26日付日本経済新聞朝刊に掲載された。記事の見出しは「大型汎用機から『乗り換え』開拓」である。この記事を読んだ筆者は、「10年前にも同じような発言を聞いたなあ」という感想を抱いた。ローディング氏が実際にどのように話したのかは分からない。この記事を読む限りでは、「日本の法人市場はレガシー(大型汎用機主体システム)が多く残っている。ウィンドウズなどオープン系のシステムに替えればコストが大幅に減らせる」と述べている。

 いかがだろうか。ヒューストン氏は、ローディング氏とまったく同じことを言っている。そして上記記事で筆者がぼやいているように、もっと以前から、UNIXサーバーを作っていたメーカーの幹部は「オープンなサーバーに切り替えればコストを減らせる」という発言を繰り返し、それらは新聞で大きく報道された。

 その結果、どうなったか。メインフレームを一掃できなかった企業は、メインフレームの周りに相当な数のUNIXサーバーとパソコン・サーバーを並べ、運用費用と保守費用で首が回らなくなっている。思い切ってメインフレームを一掃した企業も、オープンなサーバー群の維持費用で、新規投資どころではない。つまり、いわゆるオープンなサーバーに切り替えたところで、システム全体の作り方や、運用面で革新がない限り、コストはたいして下がらないのである。

 といって、筆者はヒューストン氏の発言に腹を立てているわけではない。ヒューストン氏は、Windowsを売るのが仕事なのだから、「Windowsに替えれば問題解決」と言うことはかまわない。

 では筆者は誰に腹を立てているのか。毎回同じ報道をする新聞記者やWeb記者に対してである。「オープンに替えればオーケー」と主張するベンダーの発言をそのまま書いてどうする、と筆者は言いたい。もう少し突っ込みを入れるなり、「またですか」と苦笑するユーザー企業のコメントを入れるなり、工夫して欲しい。

 最後に本稿に付けた妙な題名を解説する。メインフレームをUNIXサーバーに切り替えることはかつてニュースであった。今でいうと、Windowsサーバーに切り替えるとニュースになる。犬が人を噛んでもニュースにはならないが、その逆はニュースになる。これと同じである。