私は約16年前からNASAのIT(情報技術)環境で育ってきた。昨年12月にNASAのIT業務を統括するCIO(最高情報責任者)に就任したが、いまCIOの役割を検討中なので一時的な仕事となるかもしれない。首都ワシントンD.C.にあるNASA本部以外に、全米には9つのセンターがあり、各所にCIOがいる。私は統括CIOに就任する前、宇宙ロケットのエンジンの推進システムを開発するマーシャル宇宙飛行センターのCIOだった。

 統括CIOは、NASA全体のITへのニーズと管理を考えないといけない。NASAが開発する装置や機器などはすべてITと関連するので、私が見るべき領域は非常に広い。例えば、どの企業にもある電子メールのようなITから、NASAの活動専用の「アビオニクスシステム」といったITもある。

 NASAには4つの主な事業領域がある。航空学、宇宙科学、宇宙活動(国際宇宙ステーションやスペースシャトル)、宇宙探査システムだ。IT部門のスタッフはそれぞれ自分が担当する事業領域に関して深い知識を持っていなければならない。

 事業そのものに関する知識があまり必要ではない部分については、積極的にアウトソーシングしている。例えば、米コンピュータ・サイエンス・コーポレーション、米SAIC、米IBM、米アクセンチュアなどの大手IT企業と取引がある。また、戦闘機やスペースシャトルの部品などを製造する米ロッキード・マーチンが多くのITインフラを提供。さらに、小さなIT企業も多数活用してコストや技術力のバランスに配慮している。

22億ドルもの予算を独自プログラムで管理

ジョナサン・Q・ペッタス氏
ジョナサン・Q・ペッタス氏
NASA(米航空宇宙局)は1958年10月に設立された政府機関。宇宙探査と航空学、宇宙科学、宇宙活動の分野における新技術を追究する。人類初の月面歩行を実現したアポロ11号やスペースシャトルは、NASAが開発。90年代は予算が縮小傾向にあり無人探査機の関発にシフトしていたが、2004年に大統領が有人の宇宙船を月に飛ばす方針を打ち出した

 NASA本部にはITに従事する社員が約30人おり、全体では2500人に達する。私は統括CIOとして、CEO(最高経営責任者)に近い役割を担うNASA次長に報告する。実は、9つのセンターにそれぞれCIOがいると先ほど述べたが、本部には4つの事業領域ごとにCIOあるいはITリーダーが1人ずついる。各センターのCIOは各センター長に報告するし、私にも責任がある。私はセンターCIOと事業領域別CIOの全員と週1回は電話会議をし、年4回は対面でも会議を開く。

 NASAのIT予算は全部で22億ドル(約2620億円)。「情報資源管理(IRM)」と呼ぶプログラムを使って、新規に開発するITが事業目的を果たせるかどうか、既存のITを改善した時の経済効果はどれだけか、導入したITにかかった費用を各部署にどう配布するか、などといった観点からこの巨額のIT予算を管理する。NASAの各センターは自立して活動しがちだが、効率化という観点から見れば、ITをもっと共有したり、統合したり、協力したりすることが大切だ。

 NASAで使用中のITアプリケーションには、基本的なものとして人材管理や経理のためのものがあり、独SAPのERP(統合基幹業務)製品を活用している。一方、ロケット打ち上げ前の気象条件を監視したり、宇宙船や推進システムの工学的設計を自動化したりするような開発難易度の高いITアプリケーションもある。それゆえ、様々なITアプリケーションを統合したり、情報を共有したり、業務プロセスを円滑にしたりするような、より良いIT戦略を常に探している。

 最近、米国政府は諸外国との様々な分野での情報交換をより重要視するようになってきたので、ITセキュリティー対策にも注目している。私が指揮するCIOオフィス内には4つの部署があり、その1つはITセキュリティーのために設けた部署だ。NASAの大きな活動目的の1つは科学知識を増やすことなので、セキュリティーを保ちながら、諸外国と情報交換できるようにすべきである。

 NASAは宇宙ステーションを開発したり特定の科学実験を行ったりするために、日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)と盛んに協業してきた。今後もこの提携関係は続き、そのためにITは根本的な役割を果たす。何らかの科学実験や衛星システムの開発を共同で手がける際、技術者が地理的に離れていても、ITがそれを可能にする。

 宇宙開発はまだ初期段階だ。いずれは月面基地を作る。有人の宇宙船で火星を探査できるようにもする。CIOの最大の使命は、こうした目標を達成するために必要なITを見分けることである。

ジョナサン・Q・ペッタス氏 米航空宇宙局(NASA) CIO代行
1995年に米アラバマ大学でコンピュータ・サイエンスの修士号を取得。1991年にコンピュータ・エンジニアとしてNASAに入社。2000年からビジネス・システムの管理者として働き、2005年にマーシャル宇宙飛行センターのCIOに就任。2006年12月にNASAのCIO代行に就任。現在CIO職は空席。