毎年支払うサポート費を合計すると、システム・コストが商用ソフトよりも高くつく――。ソフトそのものはオープンソースでも、企業が使うために必要なサポートは、ベンダーに頼らざるを得ない。すでにサポート期限切れの問題も顕在化している。オープンソースを利用する多くの企業が今、こうした事態に直面している(図1)。

図1●オープンソース・ソフトを使った企業はサポートで悩んでいる
図1●オープンソース・ソフトを使った企業はサポートで悩んでいる

 早稲田大学は2005年4月に、オープンソース・ソフトを採用した「履修科目申請システム」の運用を開始した。だが1年半が経過した今、開発を担当した神馬豊彦・早稲田総研 情報事業部システムアナリストは、「オープンソースを採用したのはシステム・コストを抑える狙いだった。だが現時点では、本当に安かったのかどうか分からない」と語る。

 このシステムは、OSにMIRACLE LINUX、WebサーバーにApache、データベース・ソフトにPostgreSQL、開発環境にPHPを採用したフルオープンソースの構成である。システムの構築時にソフトの購入にかかったコストは、企画当初に見込んだ通りほぼ無料ですんだという。

 にもかかわらず、商用ソフトに比べて安いかどうか確信が持てない理由の一つには、毎年発生するサポート費にある。同大学では、システムの保守全体を、開発したNECにそのまま任せているため、どれだけのコストが発生しているかを把握していない。

 そこで、早稲田の履修科目申請システムの構成を基に、本誌はオープンソースのサポートにかかるコストを試算した。その結果、サポートの総額が年間で1067万円に達することが分かった(図2)。

図2●オープンソース・ソフトとベンダー製品とのコスト比較
図2●オープンソース・ソフトとベンダー製品とのコスト比較
早稲田大学の「履修科目申請システム」を例に年間の保守コストを試算した。総コストで見ると、1年目はオープンソース・ソフトのほうが安いが、2年目以降は逆転する  [画像のクリックで拡大表示]

 これに対して、WindowsとOracleという代表的な商用ソフトでシステムを構築した場合のサポート・コストは197万7880円にしかならない。サポートの内容など細かな部分で違いはあるものの、オープンソースの維持にかかる費用が商用ソフトの5倍以上に達するわけだ。

 もちろん初期導入コストはオープンソース・ソフトのほうが圧倒的に安い。現時点での比較になるが、同様の試算によると、すべてのソフトをオープンソースにした場合のコストは114万円だ。これに対して、WindowsとOracleの組み合わせの場合、958万8000円になる。

 だが、初期費用の差は800万円を超す。2年目以降も保守を受けるとすれば、オープンソースのコストのほうが高くなっていく。

100台で1000万円のサポート費

 こうしたことに気付き、問題視する企業も出てきた。

 「Linuxのサポート費用の比率が、システムにかかるサポート費用の2~3割に上るものまである。運用費用全体からするとまだそれほど大きくないが、見過ごせなくなってきた」。こう語るのは、ISP(インターネット接続事業者)大手のぷららネットワークスでシステムの構築・運用を担当する、安達伸哉 ネットワーク管理部担当部長だ。

 ぷららは現在、100台を超すLinuxサーバーを運用しているが、「1台につき年間で10万円程度のサポート費がかかる」(安達担当部長)。つまり年間で1000万円以上のサポート費用が発生していることになる。ぷららがOSに用いているのは、レッドハットのRed Hat Enterprise Linuxである。レッドハットのサポート料は、サーバー単位で課金される。

 ぷららは、03年7月に法人向けのメール・システムを再構築したときに、初めてLinuxを導入した。それまで使っていたサン・マイクロシステムズのUNIXサーバーと比べて、「初期コストを3分の1程度に抑えられることが魅力だった」(安達担当部長)という。

 その後も、「無料のOSだから安いという感覚があった」(安達担当部長)ため、同社ではさまざまなシステムでLinuxの採用を進めてきた。

 ただ、サポート費用が増しても、契約を打ち切ることは難しい。サポートには、セキュリティ・パッチの提供が含まれる。

 契約を打ち切れば、このサービスが受けられなくなってしまうからだ。ISPであるぷららにとって、セキュリティ面のリスク増大は許されないこと。内部にそれほどLinuxに詳しい技術者が多くない同社には、オープンソースの開発コミュニティに直接問い合わせたり、パッチ・ファイルを入手するのは、負担が大きい。

 インターネットやオープンソースの普及を受け、商用ソフトの価格体系が変わり、以前より安価に利用できるようになったことも、オープンソースのサポート価格の高さを際立たせている。

 冒頭に示した早稲田大学のシステムは、5万人の学生が利用する。システムを企画した2000年当時には、オラクルのデータベースは利用者数単位で価格が決まっており、これだけで数億円が必要だった。だが現在では、CPU単位で課金するライセンスがあるので600万円程度で使える。

サポートは切れ、互換性維持に難

 サポートが引き起こしている問題は価格だけではない。最も普及したオープンソースの一つであるLinuxで特に顕在化しているのが、サポートの期限切れである。

 「居酒屋咲くら」などの飲食チェーン店を経営するダイナックは今年6月、受発注システムで利用していたRed Hat Linux 9を、互換OSである非営利のCentOSに切り替えた。セキュリティ・パッチが提供されなくなったことが一番の理由だ。

 わざわざ互換OSに変えなくても、バージョンアップすれば問題はないように思えるが、実態は異なる。互換性の維持が十分ではないからだ。例えば、「Red Hat Enterprise Linux AS v.4 Update2」から「同Update3」への移行の場合、日立製作所が調査したところ、「既存アプリケーションの動作に影響がある」ものが11件あった。

 日立のオープンソース・ビジネスを統括する、プラットフォームソフトウェア事業部OSSテクノロジセンタの鈴木友峰担当部長は、「Linuxの小さなアップデートでも互換性が失われることが少なくない。企業情報システムで利用する顧客が気にするのは当然のことだ」と語る。

 ダイナックの場合、OSの切り替え作業にかかった工数は9人日。オープンソースを使ったシステム・インテグレーションを手掛ける、オープンソース・ジャパン(OSJ)が実務を担当した。

 「元々開発を請け負っていたため、アプリケーションの内容が分かっていたので、少ない工数ですんだ。今回のように、オープンソースとアプリケーションの両方が分かるケースは少ないだろう。そもそも、オープンソースを手掛けた経験の浅いベンダーの場合、CentOSに変えるのに躊躇するのではないか」(OSJの技術者)という。