「料金は安価な定額制」,「どこにいても同じ環境でブロードバンドを利用」,「通信しながら中高速程度の移動ができる」――。いずれも無線ブロードバンド技術を使って実現が期待されているサービス内容だ。

 日本での無線ブロードバンド・サービスの本格的な検討は,2004年11月開催の「ワイヤレスブロードバンド推進研究会」から始まった。これを受け,携帯電話とは異なる新しい無線データ通信サービスの提供を目指し,携帯電話事業者やADSL事業者が「モバイルWiMAX」などの技術を担いで参入の名乗りを上げていた。

 ところが2007年5月15日に,総務省が公開した「2.5GHz帯広帯域無線アクセスシステム」の免許方針案を見て,参入を目指していた事業者は大いに驚いた。この周波数帯で全国規模の免許を得られるのは2社だけ。しかも第3世代携帯電話(3G)事業者やその関係会社には参入に際して厳しい条件が課せられた。参入のために残された方法は次の二つしかない。(1)出資比率を3分の1未満に抑えた出資会社による参入,(2)免許を取得した通信事業者から網を借り受けるMVNOによる参入──である。

 既に無線ブロードバンドのサービスを始めた韓国は,既存事業者に免許を割り当てたことなどからやや苦戦中。この状況を知る日本と台湾は,それぞれ独自の政策を取ることを決めた。総務省が打ち出した政策の下,果たして日本で無線ブロードバンドの市場は育つのか。連載第1回は台湾の事情を見ていく。

無線LAN機器の90%は台湾メーカー製,WiMAXでも市場を取る

写真1●工業技術研究院資訊與通訊(情報通信)研究所の林宝樹所長
写真1●工業技術研究院資訊與通訊(情報通信)研究所の林宝樹所長
台湾メーカーは世界のWiMAX市場を取りにいく

 「将来は無線LAN機器の製造と同じように(モバイルWiMAXで)80~90%の市場を取りたい」。通信技術の研究や標準化を支援する台湾・工業技術研究院資訊與通訊研究所の林宝樹所長(写真1)の鼻息は荒い。台湾にとってモバイルWiMAXの推進は,産業政策にほかならない。林所長は「台湾の産業として,チップセットからCPEの製造までモバイルWiMAXで一つのサイクルを作りたい」と語る。


写真2●経済部工業局行動台湾応用推動計画弁公室の王●瑛主任(●は王偏に常)
写真2●経済部工業局行動台湾応用推動計画弁公室の王●瑛主任(●は王偏に常)
モバイルWiMAXはADSLより安くしたい

 台湾は,日本や韓国と異なり第3世代携帯電話(3G)があまり普及していない。モバイルWiMAXと利用シーンが重なることが多いHSDPAを,競合相手として意識しなくてもよいのだ。一方で公衆無線LANサービスのためのスポットは,台北市内に数多くある。経済部(日本の経済産業省に相当)工業局で「M-Taiwan」を担当する行動台湾応用推動計画弁公室の王●瑛・主任(●は王偏に常,写真2)によると,台湾の公衆無線LANユーザーは445万人に上るという。台湾の人口が約2300万人であることを考えると,その利用率は世界的に見ても突出している。

 背景には,台湾が産業政策として無線LANの普及を促したという経緯がある。台湾内に公衆無線LANサービスが立ち上がっただけでなく,台湾メーカーは無線LAN機器で圧倒的な競争力を持つようになった。台湾の統計では世界で出荷される無線LAN機器で,OEMを含めて台湾メーカー製が9割を占めるという。そして今,台湾はモバイルWiMAXへと焦点を移し始めている。モバイルWiMAXで「無線LANの成功よ,もう一度」と考えているのだ。


13社が立候補,新規と既存が競争

 この目標に向けて基盤となる市場を作るべく,台湾では無線ブロードバンドの免許割り当てを急いでいる。サービス開始目標は2008年ころだ。6月11日に締め切った免許申請には,南北合わせて13社が名乗りを挙げた(表1)。通信事業者だけでなく,機器メーカーもモバイルWiMAXにかかわろうとしているのが特徴だ。参入事業者の決定は日本よりも一足早い8月ころである。

表1●台湾の無線ブロードバンドにはPHSやADSL事業者,メーカーが免許申請した。
表1●台湾の無線ブロードバンドにはPHSやADSL事業者,メーカーが免許申請した。

 免許の割り当てに際して,新規事業者を優先する点は日本と同じ。台湾では南北二つに地域を分け,無線ブロードバンド用に各30MHz幅の帯域を計六つ用意した。この中で南北各一つの帯域は新規事業者しか申請できない。残りは新規事業者でも既存事業者でも申し込める。新規と既存の競争を促し,市場を活性化させる狙いだ。

 台湾のモバイルWiMAXは日本より若干高い2.5G~2.6GHz帯を使用するが,プロファイルは日本と同じ「3A」である。3Aとは周波数帯が2.496G~2.69GHz,周波数幅が5MHz幅もしくは10MHz幅のモバイルWiMAXの実装仕様を指す。そのため日本と台湾では同じ仕様のモバイルWiMAX機器の使用を見込める。既に台湾の機器メーカーはモバイルWiMAX製品のサンプル出荷を始めており(写真3),OEMとして日本での販売も計画している。台湾内の市場が立ち上がるはるか前から,既に海外市場をターゲットに活動を始めているのだ。

写真3●台湾メーカーが開発するモバイルWiMAX関連機器 2007年6月に台湾で開催された東アジア最大のICT関連展示会
写真3●台湾メーカーが開発するモバイルWiMAX関連機器
2007年6月に台湾で開催された東アジア最大のICT関連展示会「COMPUTEX TAIPEI 2007」で展示された。

無線LANとADSLの間を埋めるモバイルWiMAX

 台湾市場では,モバイルWiMAXは無線LANと競合することになる。ユーザーから見ると,無線LANとモバイルWiMAXは利用方法が近い。ノート・パソコンにデータ通信カードを挿してインターネットに接続するといった使い方が同じだからだ。その一方で台湾では,モバイルWiMAXにADSLの代替用途を期待する声がある。経済部の林主任は,「台湾の平均所得から見て,ADSLの料金は高い。もっと安い通信手段が必要」という。その安い通信手段としてモバイルWiMAXに白羽の矢が立ったのだ。

 経済部の王主任は,定額制料金を前提に「モバイルWiMAXのサービスの料金を月額500台湾ドル程度に設定したい」と述べる。日本円に換算すれば約2000円(1台湾ドル=約3.73円で計算)である。公衆無線LANサービスとADSLのちょうど間にあたる料金を,政策的に設定しようと考えているわけだ。

 現在,台湾の公衆無線LANサービスは安いもので2カ月で399台湾ドル(約1500円)。ADSLサービスは2Mビット/秒の伝送速度で料金はおよそ800台湾ドル(約3000円)程度だ。モバイルWiMAXは,スポットで使用する公衆無線LANとは異なり,移動時にも使える。その分の付加価値を料金に織り込んで,無線LANよりも高くする。その一方でサービスの拡大を図るため,約3000円というADSLの料金よりも安い約2000円という料金を導いたという。