IT業界の問題点として,よく指摘される「人月工数主義」。例えば,2006年6月に産業構造審議会 情報経済分科会 情報サービス・ソフトウェア小委員会がまとめた「情報サービス・ソフトウェア産業維新」でも,「俗に『多重下請構造,人月工数主義』といわれる旧態依然としたビジネスモデルは,この十年間本質的には変化していない」と,人月工数主義に問題があることを指摘している。

 とはいえ,「人月単価」それ自体が悪いわけではない。必要な工数にエンジニアの「単価」を掛けなければ,システム開発のコストは計算できないからだ。

 問題は,「情報サービスの『コスト』であるIT人材の単価についてもIT人材のスキルに関する客観的尺度がない」(情報サービス・ソフトウェア産業維新)ことだろう。客観的尺度がないので,見積書を受け取るユーザー企業側にとっては,そこに書いてある人月単価が,いったいどんなスキルを持つエンジニアの単価なのか,全く分からない。これでは,見積書を受け取ったユーザー企業は,質まで考慮した評価ができない。

 理想的なのは,ベンダーが客観的な尺度(ITスキル標準など)を使った職種ごとのレベル判定を行い,それに基づいた「スキル単価」をユーザー企業に提示することだと思う。しかし,そこまで行くにはまだ時間がかかりそうだ。

 客観的な尺度がなくても,ある程度“人月単価の相場”が分かっていれば,ユーザー企業がベンダーを見極める際の判断材料になる。しかし,これもIT業界でははっきりしない。

 建設業界では国土交通省が,非常に細かい職種ごとに技術者の単価(設計業務委託等技術者単価,電気通信関係技術者等単価,電気通信関係点検技術者等単価など)を公開している。だが,ITエンジニアについて,こうした公的なデータはない。結局,各種の調査や雑誌記事などを見て,人月単価の相場を推し量るしかない。

 ITエンジニアの人月単価の相場がはっきりしないことは,エンジニア個人にとっても問題だ。自分の「市場価値」が一体どれくらいなのかが,分からないからである。

 こうした中,記者が興味深いと思ったのが,組合員として1600人以上のフリーエンジニアを抱え,彼らに対する営業代行と仕事の斡旋などを行っている首都圏コンピュータ技術者協同組合(MCEA)のデータである。同組合は,SaaS(Software as a Service)で有名なセールスフォース・ドットコムのCRMシステムを導入しており,このシステムにフリーエンジニアの契約単価などを蓄積させている。単価は,年齢やプログラミング言語,開発案件の業界といった軸で分析できるようになっている。

 ITpro SkillUPでは,7月から,このデータを「ITエンジニア月額契約単価」として公開している(場所はITpro SkillUPページ右側の下の方)。今後は月に1回,新しいデータに更新していく予定だ。

 このデータは,実際にエンジニアが契約した際のリアルな“生データ”である。筆者の知る限り,人月単価の生データを公開しているのは,同組合だけだと思う。その意味で,大変貴重なデータだと思っている。

 「ITエンジニア月額契約単価」を見ると,「雑誌などに書かれている人月単価の相場」よりもかなり低いように感じると思う。これは,(1)この単価は純粋なエンジニアへの報酬であり,ベンダーがユーザー企業に提示する人月単価に含まれている営業経費や事務経費などの間接費を含んでいない,(2)顧客がエンジニアの力量を見極めるため,初回の単価は高額にならないことが多い,(3)この金額には超過勤務報酬が全く含まれていない--といった理由による。

 もちろん,あくまでもフリーエンジニアの単価なので,ITエンジニア全体の単価を表しているとは言えないだろう。それでも,貴重な生データであることに変わりはない。ぜひ,参考にしていただきたい。(「ITエンジニア月額契約単価」は2009年5月で終了させていただきました)

■変更履歴
「ITエンジニア月額契約単価」が2009年5月で終了した旨を追加しました。 [2009/08/17]