鈴木雅喜 氏  
ガートナー ジャパン
リサーチ
ITインフラストラクチャ
リサーチディレクター
鈴木雅喜 氏

 地震,事故,不手際の発覚――。突然に発生したトラブルは,普段何気なく使っているインフラのありがたみや重要性を浮き彫りにする。そんな中,IT分野ではデータの管理や保存,バックアップといった話題に注目が集まっている。「企業におけるデータの重要性,それに応じた対処方法の実態を見ると,もはやバックアップという言葉はそぐわなくなっている。むしろ,リカバリーという言葉がふさわしい」とガートナー ジャパンの鈴木雅善氏は述べる。「階層型リカバリー・サービス」,「CDP」,「デディプリケーション」など最新のキーワードを交えつつ,データ保護をめぐる企業の現状,技術の動向,ITベンダーの戦略を鈴木氏に語ってもらった。 (聞き手・構成は高下 義弘=ITpro)



(2007年)7月中旬に新潟沖中越地震が発生しました。また社会保険庁における年金データ管理のあまりのずさんさに,世論が渦巻いています。こうした中,IT分野ではデータの管理や保存,バックアップといった話題に世間の注目が集まっています。

 ITの世界ではしばしばバックアップという言葉が使われていますが,こんなイメージではないですか。「バックアップ? システムからまるまるテープにデータをコピーして,トラックに載せて倉庫に持っていけ。災害でデータセンターが使えなくなっても,倉庫にデータがあるから大丈夫だ」と。

 実はバックアップは単にデータを複製するというレベルの話では終わらなくなってきています。もはやバックアップという呼び方が実態にそぐわなくなってきているので,呼び方もそれに応じて変えた方がいいというのが私の考えです。

具体的には?

 リカバリーです。災害復旧を「ディザスタ・リカバリー」と言いますね。ここで言うリカバリーという言葉の意味である「回復,取り戻す」と,バックアップという言葉の意味である「予備,代替」は違います。システムの現状から言うと,リカバリーという言葉の方がふさわしいのです。

バックアップからリカバリーへ

 ガートナーは「階層型リカバリー・サービス」が必要であると提言しています。このサービスは,最近,バックアップ分野で新しく登場したテクノロジーをベースにしたものです。その一つが,CDP(Continuous Data Protection)です。

 CDPはトランザクションごとにデータを保護するというものです。例えば,銀行のATMはこの考え方に基づいた処理を実施しています。CDPはそれを一般の情報システムに実装するためのもので,システムのインフラ・レベルで処理します。つまり,CDPの考え方に基づいた製品を自社システムに実装すれば,アプリケーションの種類にかかわらず,トランザクションごとにデータを保護できることになります。

アプリケーションにかかわらずトランザクションごとにデータをバックアップする仕組みを作っておけば,アプリケーションに変更があった場合にも,バックアップの仕組みに手を加える必要はない。このようなことですか。

 そうですね。「アプリケーションの地獄」から解き放たれるというのが一番のポイントです。なぜ,わざわざ地獄と表現しているかというと,SOA(サービス指向アーキテクチャ)の広がりによって,従来のバックアップの仕組みでは破綻するおそれがあるからです。

 SOAによるシステムのコンポーネント化が急速に進んでおり,これがバックアップの仕組みにも大きな影響を及ぼすようになりつつあります。アプリケーションごとにバックアップの仕組みを作っていたら,アプリケーションを構成するコンポーネントが変更になるたびに,バックアップの仕組みも変更する必要が出てきます。そこで,特定のアプリケーションに依存しない,つまりインフラ側で用意する必要性が迫ってきたわけです。

 インフラ側にバックアップの仕組みを用意し,その上でアプリケーション側からバックアップの方法を自由に選べるようにすると良いでしょう。例えば「このアプリケーションで扱っているデータは重要だから,CDPを採用しよう」といった具合です。

 バックアップに使うメディアとしては,テープはもちろんですがハードディスクも重要なものになってきました。つまり,いきなりテープに保存するのではなく,一旦高速にアクセスできるハードディスクにバックアップし,その後テープに落としていくという仕組みがトレンドです。

 CDPの考え方と上手く組み合わせれば,「ゼロ・データロス」を実現する領域から,1日1回だけバックアップを取れば済む,という比較的“緩い”領域まで,さまざまな階層のリカバリー・サービスが実現できるわけです。

 今後はバックアップにもメタ・データの存在が重要になります。現在,アプリケーションとデータの結び付きが非常に強固です。つまり,アプリケーション側にデータの意味を解釈する仕組みを持っています。しかし今後はさまざまなアプリケーションが一つのデータを柔軟にアクセスするようなニーズが高まることでしょう。そこで,これからはアプリケーションからデータを独立させ,データそのものに自身の姿を現すメタ・データを持たせる。これを使って柔軟にデータを管理するというスキーム(枠組み)を作ろうというのが業界の流れです。どんなアプリケーションを使っているかに関わらず,データはデータ自身の重要性に応じて自主的にバックアップする,といったことが実現できます。

 リカバリーが単なるバックアップと異なるのは,このような一連の仕組みを使うことで,データ保護のサービス・レベルを変えられるようにすることです。例えば,「このデータは業務上このような重要性を持っています」とユーザーが設定すれば,アプリケーションの種類や状態にかかわらず,データの重要性に応じて保護の仕組みが適用されるわけです。

インフラ設計のあり方が変わる

ユーザー企業はリカバリーという考え方,そしてリカバリーを支える技術がどうなるかを知っておけば,今後取り組むインフラ設計のアプローチも変わってきますね。

 バックアップからリカバリーへの変化は決して未来の話ではなく,まもなく製品として登場するはずです。例えば米シマンテックはCDPの技術を持っているベンダーを買収しました。

 リカバリーを支える分野ではまた別の新しいテクノロジーが登場しつつあります。「デディプリケーション」です。これは「重複排除」を意味する言葉です。

 例えば 私があるお客様にプレゼンテーション資料をお送りしたとしましょう。お客様側で,ある部分を変更し,自社の共有サーバーに保存した。データはほとんど同じです。そこで,重複している部分だけを削除します。これはディスクの使用量削減に大きく効果があります。また,ネットワーク経由でデータをミラーリングさせる際にも,広帯域のデータ回線が必ずしも必要ではなくなります。今一番ホットな話題ではないかと思います結局ユーザー企業は予算がどの程度かかるのかを一番気にしますから,データが削減できるのはとても大きいわけです。

 CDPやデディプリケーションは登場してそれほど時間が経っておらず,特に国内で紹介されていくのはこれからの話です。しばらくすれば,必要と考えるユーザーは手に入れられる状況になると思います。ただ,決して「万人向け」の技術ではないでしょう。それなりに高価な仕組みになります。