競合事業者は「PONの1分岐貸し」を熱望しているが,NTT東西はサラサラ受け入れるつもりはない。理由は,(1)現在の設備が,複数事業者で共用することを想定しておらず,システム変更に追加コストがかかる,(2)8分岐に複数事業者が混在すると品質確保がしにくく,新サービスの独自追加がしにくい──などである(図1)。

図1●ONの貸し出し形態の変更を求める事業者に対する,NTT東西の反論
図1●ONの貸し出し形態の変更を求める事業者に対する,NTT東西の反論

 8分岐のPONを共用した場合,分岐する前の1心の光ファイバの中に複数事業者のユーザーのトラフィックが混在することになる。通信品質の管理や運用などが難しくなり,事業者ごとのトラフィックを認識して振り分ける機能を追加するにはコストが発生するのだ。

 仮に8分岐を複数事業者で共用すると,「設備を借りる事業者は,アクセス部分のサービス品質をNTTに依存し続けることになる。これはサービス競争を否定することになり,考え方がおかしい」(NTT西の田中担当部長)。

 8分岐単位で借りるとリスクが大きいという意見に対しては,「8分岐をできるだけ埋めようとするのは,各社の営業努力」(NTT東日本の大平弘 経営企画部営業企画部門長),「ソフトバンクはADSLで見せたように営業力があるはず。やる気があるなら8分岐を埋められるはず」(NTT西本の田中担当部長)と反論する。

 さらにソフトバンクから参加を打診されている実証実験について,NTT東日本は今のところ「実験に加わる考えはない」という。大平部門長は「実証実験を進めるなら,NTT以外で実施してもらって結構。それほど共用したいのなら,8分岐分をNTT以外でシェアしてサービス提供すればよいのではないか」と話す。  これに対してソフトバンク側は,「NTT東日本が入らなければ,実際の市場環境とは異なってしまう。実証実験を正確に進めるために,シェアの高いNTTにも参加してもらうことが重要。設備共用を進めることでNTTにもコスト削減のメリットがあるはず」(弓削専務取締役)と説得を試みている。だが今のところ,NTT東日本には門前払いを食らっている格好だ。

 光ファイバ設備を持っている電力系事業者は,NTTの考えに同調する。「8分岐に複数事業者が混在していると,ヘビー・ユーザーが入った場合の対処などがしにくい。別の事業者のユーザーのせいで,自社のユーザーが被害を受けるのは困るだろう。技術的にはできても,実際の運用や管理は難しいはず」(ケイ・オプティコムの林チームマネージャー)。

NGNの接続ルールでは「PONの議論も焦点」

 PONの貸し出し形態は,今のところ事業者間のやり取りに終始しているが,NGNの接続ルールの検討会の議論によっては,変更を義務付けられる可能性もゼロではない。総務省は,NTTによるNGNの商用化サービスの発表などを待って,新しい検討会を設置する方針だ。

 NTT側は,「NGNの商用サービスを始める3カ月前くらいに,『こんなサービスを提供する』と発表し,その後に活用業務の認可申請になるだろう」(NTT西日本の田中担当部長)とする(図2)。つまり,そこからNGNの接続ルールの検討会が動き出す。ある総務省幹部は,「NGNの接続ルール検討会では,PON1分岐貸しの議論が焦点の一つになるのは間違いないだろう」と話す。

図2●PONの1分岐貸し出しの是非を巡る動き
図2●PONの1分岐貸し出しの是非を巡る動き

 ただし,この議論にもバランスが必要。PONの1分岐貸しが仮にルール化されると,設備を構築している事業者への影響は大きく,設備投資のインセンティブや積極的なエリア拡大は期待しにくくなりかねない。「PONの1分岐貸しは,設備の“借り得”な状況を助長することになる」と,ある電力会社幹部は懸念する。

 CATV大手のジュピターテレコム(J:COM)も「『NTTの独占はダメだ』と言いつつ,NTTの設備を借りやすくしすぎたら,結局光ファイバを引くのはNTTだけになる。何か矛盾していないか」(加藤徹取締役)と指摘する。この点は,設備競争という選択肢を捨てていない総務省としても,カジ取りが難しいところだ。

 一方で,「光ファイバを複数の事業者が各家庭に引き込むのは,社会的に考えると非効率」との見方は,多くの通信事業者や有識者だけでなく,総務省の幹部も口にする。本当にそう考えるのなら,建設的な議論を今後進めるためにも,PONの1分岐貸しの運用やサービス提供の問題点を実際に見極める目的で,総務省や通信事業者が連携して実証実験を始めてもよいのではないだろうか。

なぜ進まない?FTTHの設備競争

 総務省はサービス競争だけでなく,事業者が光ファイバを敷設しやすくする,設備競争活性化の施策も打ってきた。具体的には,電柱利用の手続き簡素化などを進め,電柱を保有するNTTや電力会社以外でも光ファイバを引きやすくしてきた。だが,設備競争が大きく進む気配は見えていない。

 総務省が2006年に実施した,電柱利用の手続き簡素化などの実証実験に参加したKDDIやソフトバンクは,今も意欲的に光ファイバ敷設を進めようとはしていない。「設備競争の手続きがだいぶ進んだのは事実だが,NTT東西と同じコストや時間では引けない。どうしても電柱などの設備を保有しているかどうかで差が出る」(KDDIの都築実宏コンシューマ事業企画本部課長)。KDDIの現時点での計画では,東京電力から買収した光ファイバ設備とは別に自前で敷設する光ファイバは,JR東日本の新幹線沿いにとどまるという。

 ソフトバンクは「設備競争をするつもりがないわけではない。電柱を使う際の申請は簡素化されたが,コストを考えると大々的には設備を構築できない状況。光ファイバを各家庭に複数事業者が重複して引くのは無駄な面があるのでは」(ソフトバンクの弓削専務取締役)と話す。

 こうした他社の動きを見て,NTT東西は,「光ファイバを敷設するポイントを電柱に新しく作り,手続きの簡素化も努力するなど設備競争の環境は整ってきたはずだ。CATV事業者は他事業者と同じ条件で我々から電柱を借りて自前のインフラを構築しているのに他社が光ファイバを引かないのは,単に引く気がないからでしょう」と皮肉る。PONの1分岐貸しを拒むのも,光ファイバを引く気がない事業者に,自社設備を借りやすくされてはたまらないという思いがあるからだろう。

 J:COMの加藤取締役は,光ファイバの敷設競争が進まない状況をこう分析する。「CATV事業者は電柱の申請などの手続きの煩雑さを乗り越えてインフラを引き,ノウハウをためてきた。これからインフラを引こうとする事業者にとっては,簡素化されてもそういった手続きさえ面倒だと思うのだろう」。FTTH対抗としての固定通信における設備競争は,当面はCATV事業者にしか期待できない状況と言えそうだ。