今回の参院選では「政策」という言葉がよく使われた。例えば「国民が重視する政策は年金問題と景気だ。総理が重視する憲法改正や安全保障ではない」といった具合だ。だがわれわれは本当に「政策」を巡る議論をした上で投票したのだろうか。

 例えば「年金問題」は政策以前の社会保険庁の不手際という"事件"の発覚と事後処理策でしかない。「景気」を左右するのは企業の設備投資と家計の消費動向だ。政府の財政出動の比重は小さい。どちらも政策課題とは言いがたい。一方で「憲法改正」「安全保障」も政策課題と言いがたい。こちらは政策以前の国家の基本軸の設定だからだ。

 いったい「政策」とはなんだろう。実は筆者も「総合政策学部」に所属し「公共政策」を教える。今回は「政策」とはいったい何か、そしてどうやったらその品質が上がるのかを考えてみたい。

役所の組織と予算に埋もれる政策課題

 わが国において最も整理された「政策」はおそらく先進自治体の首長マニフェストである(埼玉県、神奈川県、福井県、横浜市など)。教育、環境、住宅など分野別に課題が整理され、それに対する現在の政策、その評価、そして首長の方針が掲げられる。ところが国政ではこうした体系整理がない。各党マニフェストでは有権者の目先の関心事項をショッピングリストのように列挙しそれに対するコメント(「農業を大事にします」など)やスローガンを並べるだけだ。

 だが政策とは本来、目新しい課題や時の関心事に合わせて形成するものではない。政府はすでに多くの政策課題に取り組み、相当の資源を投入する。各分野には政策がすでに存在する。政治や選挙の役割はその是非のチェックだ。例えば農林水産では漁業資源の保全、休耕田対策、食の安全対策など。交通なら全国新幹線網の整備、踏み切り立体化、日本海側の港湾整備といった課題を各省庁が明示する。

 これら現行の政策を政府の外の視点から評価する。それを維持すべきか変えるべきか、変えるならどう変えるかを議論する。これが本来の政策論である。もちろん課題の優先順位や取組方針は政治家や党派によって異なる。だが予算・人員・組織が配分された分野には必ず既存の「政策」が存在する。それに対する是非の意思表示が政治の基本動作だろう。

医療、福祉、農業など各論分野の専門家の活用を

 その上で政治が真骨頂を発揮するのが政府がまだ政策課題としていないテーマの発掘だ。あるいは政府が「それは政策課題ではない」と主張する課題に対して新規の政策を打ち立てていく(水俣病への補償がそうだった)。

 課題発掘のヒントはどこで得るのか。まずは現場だ。現場には真に困る人たちがいる。彼らの意見を収集しそれを政策課題に高める。ジャーナリストとの連携も役立つ。例えば「拉致問題」では一部の記者が被害家族に同情して取材を進め全貌が見えた。道路公団問題では猪瀬直樹氏と小泉前総理が連携した。

 こうした作業には筆者のような研究者も参加する。そこで私が最近注目するのが個別分野の若手研究者の洞察である。農業、医療、福祉、文化といった個別分野では政府の発表を鵜呑みにせず独自の高い見識を示す研究者が増えている。彼らは「政策」や「政治」「行政」が専門ではない。だが各論分野で実務経験、技術研究経験、あるいは海外留学経験をもつ。多くは30代~40代だ。専門を越えた文明社会や政治行政においても優れた洞察をもつ。

 例えば神門善久氏(明治学院大学)は『日本の食と農――危機の本質』(NTT出版、サントリー学芸賞受賞)において、農家の土地売却収入への期待こそがわが国の農業政策をゆがめていると喝破した。あるいは兪炳匡氏(米ロチェスター大学準教授)。彼は日本人の元医師だが米国で活躍する医療経済学者だ。著書『「改革」のための医療経済学』(メディカ出版)では日米の医療制度の欠陥を存分に指摘した上で米国流をわが国にそのまま取り入れる昨今の動きを批判する。あるいは佐藤道信氏(東京芸大準教授)は『美術のアイデンティティー――誰のために、何のために』(吉川弘文館)でわが国文化財政策の国家主義的な歴史の経緯を明かし今後への課題を整理する。このほか福祉分野には広井良典氏(千葉大学準教授)などもいる。

各論分野の政策論を通じ、政治と選挙の質の向上させる

 政府には政策を吟味し、評価する習慣が希薄だ。長い間、欧米追随と税収の右肩上がりを背景とした事業拡大を考えるだけで手一杯だったからだ。昨今ではそうした政府の無駄遣いを抑止すべく経済学者や政治・行政学者(私もその端くれだが)が政策を評価するようになった。

 だが課題の指摘はできても代案を示すには限界がある。今後は各論分野の研究者にも期待したい。彼らの力を得ることで政治家やプレスは既存の政策を的確に批判しまた具体性のある代案を提示できるようになる。政策と政治の質を上げる王道はやはり選挙だ。そのためには各論分野の政策の評価と代案の提示が必要だ。それを通じて国政選挙は本当の意味での政権選択の場に進化するだろう。

上山氏写真

上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省、マッキンゼー(共同経営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。『だから、改革は成功する』『新・行財政構造改革工程表』『ミュージアムが都市を再生する』ほか編著書多数。