開発者/技術者の一部で話題になっている「コンピュータを使わない情報教育 アンプラグドコンピュータサイエンス」(イーテキスト研究所 発行)を購入して読んでみた。内容は,タイトルの通りだ。中高生(一部は小学生でも可能)が,コンピュータ技術の概念や仕組みを,紙と鉛筆と体を使って学ぶためのメソッドを紹介している。パソコンをいっさい使わないのがミソである。「なるほど~」とうなづきながら,一気に読み通した。

アンプラグドコンピュータサイエンス
コンピュータを使わない情報教育 アンプラグドコンピュータサイエンス
Tim Bell/Ian H.Witten/Mike Fellows 著
イーテキスト研究所 発行
兼宗進 監訳
正田良/鎌田敏之/紅林秀治 翻訳
2007年7月
1575円(税込)

 2進法,画像表現,テキスト圧縮,エラー検出/訂正,情報理論などの基本技術を,それぞれ「点を数える」「色を数で表す」「それ,さっき言った!」「カード交換の手品」「20の扉」といった学習方法(ゲーム形式になっている)で紹介する。ITproの読者なら,ゲームの名前から,どんな内容かを推測できる方も多いだろう。

 例えば,コンピュータはどうやって画面に絵や画像を表示するのか。その基礎を実体験する「色を数で表す」では,m×n個のマス目を塗りつぶして表現した文字や絵を,子供同士がファクシミリになったつもりでやり取りする。マス目の最初の1行が「白黒黒黒白」となっていたら「1,3,1」という数字で相手に伝える。それを聞いた子供は,自分の手元のマス目にそれを再現する。ドット絵の原理を知ると同時に,それを数値にして送信し,絵として復元する方法を理解できるわけだ。

 もちろん,その前提として,コンピュータは基本的には0と1しか扱えないことを知っておく必要がある。そして0と1で数値を表す2進法を理解しなければならない。それを学ぶのが,5枚のカード(それぞれ表には1,2,4,8,16個の点が書いてある)を使った「点を数える」だ。

 カードを右から降順になるように並べておいて,表になっている(ビットではONの状態の)カードだけの点を数えると,10進の数値がわかる仕組みだ。例えば,裏表裏裏表(01001)なら9になる。この5枚で,指定した数をどうやって表すか,いくつからいくつまで表現可能かなどを学習する。さらに,1~26の数値にアルファベットを一つずつ対応させた表を用意して,相手に2進数で英文を伝える「秘密のメッセージを送ろう」といった応用クイズもあり,ここで文字コードの原理を知るわけだ。

 こうした遊びや基礎解説の手法は,この本で初めて紹介されるというわけではない。これまでにもいろいろなバリエーションがあり,広く知られているものもある。例えば筆者は,5枚のカードではなく,5本の指で0から31までの数を表現する方法を子供のころに教わった(何かのミステリ小説か映画でも使われていた)。実際に,似たようなゲームを体験したり,自分が思いついた方法で説明したりしたことがあるという人もいるだろう。

 その一方で,初めて気付かされた学習方法もあって,とても感心し,参考になった。例えば,パリティによるエラー検出を学ぶための,トランプを使った「カード交換の手品」は今まで知らなかった(筆者が無知なだけかもしれないが)。ISBNコードなどのチェックサムの説明もわかりやすかった。

 この本の意義は,そうした手法を検証/発展させ,情報教育の指導方法として適切な形にまとめた点にある。前述した基礎技術解説「情報を表す素材」は第1部に過ぎず,第2部では「アルゴリズム」,第3部では「手続きの表現」(プログラミング)と続く。例えば,アルゴリズムの学習法では,線形探索,2分探索,ハッシュ法などを戦艦ゲームとしてまとめている。ゲームで遊びながら,段階を踏んで,検索アルゴリズムの仕組みや効果がわかるのだ。

 これらの学習方法は,学校の協力を得て,実験授業を(原著はカナダやニュージーランドで,日本語版は日本で)実際に行っており,情報教育として大きな成果があることがわかったという。また,韓国でもアンプラグド・メソッドの研究が進められているそうだ。本書は,単なるメソッドの紹介本ではなく,現在進行/発展している教育のテキストと言えよう。

 ただ,原著のせいかもしれないが,学習方法の説明にやや言葉が足りないところがあり,ちょっと読んだだけではゲームのやり方がわかりにくいところがある。実際に授業で行う前には,少し試行錯誤が必要かもしれない。なお,日本語版には,「追補」という形ですべての学習に関して追加説明のページがある。指導者だけでなく,読み物としても参考になる情報がある。

 ネット検索による調べ物やPowerPointの使い方の授業も悪くはないが,情報教育の中では,こうした仕組みや原理を体で覚える時間があってもいい。PowerPointの使い方は,すべての子供に必須スキルとは思えないが,原理原則を理解することは,ITリテラシという観点だけでなく,純粋な教育として意義があると思う。