文:根崎 耕一(マイクロソフト公共インダストリー統括本部テクノロジーソリューション部官公庁グループ テクノロジースペシャリスト)
省庁におけるITガバナンスを向上するために、CIO、CIO補佐官、PMOスタッフを対象とした「CIO/CTO研修」が、7月11日から2泊3日で行われた。経済産業研修所(東京都東村山市)で行われたこの研修は、2004年から毎年行われており今回が7回目。これまでに省庁職員やCIO補佐官など累計200名以上が参加するなど、CIOコースとしては国内有数のものである。2007年4月に公表された「行政機関におけるIT人材の育成・確保指針」でも、研修方法の見直しの中で、連携する研修として紹介されている。今回は各省庁や独立行政法人を中心に自治体や企業からも含め22人が参加した。
研修ではまず最初に、ITガバナンスを実現するためのCIOやPMOのあるべき姿をはじめに解説する。「なぜ今さら」と思う方もいるかもしれないが、これは、多くのCIO補佐官やスタッフが個別システムの最適化計画などプロジェクト管理者的な活動を行っているという現状があるためである。本来なら、CIOやPMOは組織の情報戦略を考え、組織として最大利益を導き出すとともにリスク最小化を図らなければならない。しかし現実にはそうなっていない。そこで、PMO業務を遂行するために必要なノウハウおよび判断方法について講義と演習を行う前に、まずコース冒頭でCIOやPMOの本来の役割やあるべき姿の解説を行っているのである。
今回の研修は、全体で調達サイクルを一通り網羅できるように、CIOのコアコンピタンスをベースにしたカリキュラムの中から選択・構成されている(下表)。
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また、研修で行われない戦略立案や技術管理などの部分も、CIOコース・カリキュラム、PMOガイドブック、テンプレートなどが配布されており、参加者が研修終了後に自己学習が可能なように配慮されている。ここで使われた「PMOガイドブック」は、省庁等のPMOを運用するためのガイドであり、近日公開される予定だという。PMO業務手順の明確化と高度化を図るための説明本文、ドキュメントテンプレート、関連ドキュメント等により構成されている。
経験だけに頼らず、ソフトウエア開発の統計データを生かした調達を
本件研修のポイントは、2点挙げることができる。
第1に、研修全体がCIOやPMOのあるべき姿をもとに一貫した内容、かつ、理想論や概念論ではなく、省庁の調達業務の流れに沿って、現実に対応する必要のある日常業務に近いストーリーになっており、ほとんどの参加者が研修内容を真に業務に必要な知識や能力として受け止めて受講できるように構成されていることである。
第2に、最新の情報や動向を研修に取り込んでいることである。総務省、経済産業省、内閣官房が作成するガイドライン類を紹介するとともに、演習で使用する見積もり事例やEVMのデータなども最新のデータを使っており、受講者が実際に起こり得る身近な出来事と感じることができたことである。また、リファレンスデータとして以下のような最新の書籍からデータを引用・分析していた。
『ソフトウエアメトリックス調査2007』
『ソフトウエア開発見積りガイドブック~ITユーザとベンダーのための定量的見積りの勧め~』
『経営者が参画する要求品質の確保~超上流から攻めるIT化の勘どころ~ 第2版』
特に日本情報システムユーザ協会『ソフトウエアメトリックス調査2007』のデータを使用し、標準工期の判断方法やFP試算法など、現時点ですぐに使える判断手法や、その根拠となる明確なデータを学ぶことができたことは注目できる。
今までは、各省庁や部局で、経験や相対的な評価によってプロジェクトの優劣を判断することが多かったが、ここでは統計的なデータという客観的基準を用いて判断する方法を中心に解説を行っていた。講師の平本健二氏(フューチャー・アーキテクト経営企画室シニアディレクター)は「調達や開発管理に使えるソフトウエア開発の統計データが、ここ数年で充実してきている。これからは、客観的なデータと比較しながら自分の組織のシステムが評価できるようになる。数年のうちにもっと精度が高く様々な種類のデータが公開されてくるだろう」と説明していた。
具体的なデータの例を挙げると、仕様変更の無かったシステムのユーザ満足度が72.7%に対して、大きな変更が生じたシステムのユーザ満足度が52.8%と低くなることや、ベンダーのプロジェクトマネージャが多数の中大規模プロジェクトを経験した人であれば平均0.48の欠陥率(単位工数あたりの顧客側総合テスト~フォローのフェーズで発見された欠陥数)なのに、プロジェクト管理の経験がない人が行ったプロジェクトは平均1.62と三倍以上の欠陥率となるなど、原因と結果の相関関係を具体的な統計データを参照してわかりやすく説明していた。
このような数々のデータの紹介によって、参加者は、今後の調達においてどのような視点でリスクを軽減し、品質を向上するべきか理解することができたと思われる。
本研修は、経済産業省のシステム構築や運用の現場における実践・評価、ガイド化、そしてそれを生かした研修を繰り返すことによりスパイラルアップで成長してきており、発展途上で荒削りの面もあったが、CIOやPMOの具体的な方法論が整備されていない官公庁の現状において、「BetterPractice」を提供している。(最近海外の電子政府ではBestPracticeではなくBetterPracticeという言葉がよく使われる)
IT技術の急速な進化に対応して、開発生産性の向上、ハードウエア、ソフトウエアの能力向上など、技術進歩に対応して開発要件が柔軟に対応できたほうがよい事例も出てきている。例えば、開発生産性の高いツールを使用したくても、記述方法が厳密に規定されているため導入できないことがある。また、要件に細かく書かれている内容をすべては満たしていないが安価なパッケージでほぼその機能を実現できる場合もあるが、現在の調達では仕様を満たさないものとみなされてしまうことがある。今後は、このように要件仕様を厳密に記述するだけでは対処できない問題など、ベンダーの創意工夫に対してどのように対応するべきなのかについても、検討してほしいものである。スパイラルアップしていることもあり、来期以降の研修に期待をしたい。