日本ではすっかり「負け組」の烙印が押されている「Xbox 360」と「PLAYSTATION 3」だが,記者は今,この2つのゲーム機から目が離せないでいる。両ゲーム機のネットワーク・サービスで配信されているHD(高精細,ハイ・ディフィニション)動画の凄さに,文字通り「目が釘付け」になっているのだ。

 「凄いことになっている」と改めて感じたきっかけは,米国で7月に開催されたゲーム関連カンファレンス「E3 Media&Business Summit(以下,E3)」だった。Xbox 360を擁する米Microsoftが,同社のゲーム機用ネットワーク・サービス「Xbox Live」で,E3関連のHD動画を大量に配信したのだ。

 仕事柄,筆者が特に驚いたのは,MicrosoftがE3で開催した1時間30分に及ぶ記者発表会の模様が,丸々HD動画として配信されたことだ。しかもHD動画配信が始まったのは,記者発表会のわずか1日後である。この記者発表会の模様は様々なメディアが記事にしているが(参考:日経エレクトロニクスによる報道),報道関係者しか入れない記者発表会の模様を,Xbox 360のユーザーであれば誰でも,現地にいるのとほぼ同じ臨場感で体験できたのである。料金はもちろん「タダ」だ。

 MicrosoftでXbox 360事業を統括する当時のCorporate Vice President(注1),Peter Moore氏が話す姿を,自宅の大画面テレビで見ながら,筆者は率直に言って戦慄を感じた。「これほどの動画が自宅で見られるのなら,もう現地に取材に行く必要はない…」と思わずにいられなかったからだ。

 Microsoftは昨年(2006年)のE3でも,Peter Moore氏やBill Gates会長による基調講演の模様を,HD動画として配信している。しかし昨年の動画配信は,およそ5分に編集された「ダイジェスト版」だけであった。それが今年は,1時間30分に及ぶ記者発表会の模様が全て配信されたのだ。「Xbox 360,PLAYSTATION 3,Wiiという次世代ゲーム機の中で,サード・パーティ製ゲーム・ソフトが売り上げランキングのトップ10入りをしているのは,Xbox 360だけだ」「消費者が次世代ゲーム機に使ったお金の半分が,Xbox 360に向けられている」--そういった「政治的」なものも含む全メッセージが,消費者に直接届けられたわけだ(注2)

ソニーは「制作者のコメント入りデモ動画」

 「PLAYSTATION 3」を擁するソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)によるHD動画配信は,先行するMicrosoftに質・量とも及ばないのが現状だ。SCEもE3で記者発表会を行っているが,その模様は同社の「PLAYSTATION NETWORK」では配信されていない。

 ただしSCEも,日本で7月17日に開催した記者発表会「PLAYSTATION PREMIERE 2007」に合わせて,会場の雰囲気を反映した動画の配信を始めている。この記者発表会では,大手ゲーム・メーカーのコナミが,開発中のPLAYSTATION 3用タイトル「METAL GEAR 4 GUNS OF THE PATRIOTS」のデモを行っているが,その模様を制作者である小島秀夫氏によるコメント付きで配信したのである。

 Xbox LiveやPLAYSTATION NETWORKでは現在,多数のデモ動画が配信されている。それでも,ただ単に動画を見るだけでは,それがどのようなゲームか理解するのは難しい。よってゲームの発表会などでも,実機で行うデモに合わせて,制作者自身がそれぞれのシーンを口頭で解説しているものだ。これまでそういった解説は,記者会見やゲームショウの展示ブースなど,限られた場所で限られた人しか聞けなかった。それが動画配信によって,多くのゲーム・ユーザーにもたらされるようになったわけだ。

HD動画の生み出す「存在感」

 記者発表会の模様をインターネットで配信すること自体は,決して珍しいものではない。Microsoftもかなり前から,主要なカンファレンスにおける基調講演の全文を,Webでテキストとして公開している。また米Appleもかつて,「Macworld」におけるSteve Jobs氏の基調講演の模様をパソコン向けにストリーミング配信したことがあったし,「iPhone」を発表した2007年1月のMacworldの直後には,iPhone関連の動画をWebサイトで大量に配信していた。

 しかし,単純なテキストや,ごく限られた解像度の動画で記者会見の模様を配信するのと,情報量の多いHD動画で配信するのとでは,臨場感に大きく差がある。最近,シスコシステムズや日本ヒューレット・パッカードが,HD動画を採用したテレビ会議システムを「テレプレゼンス・システム」と呼んで販売している。HD動画は確かに,遠隔地(=テレ)に存在感(=プレゼンス)を届けていると感じられる。MicrosoftやSCEが配信するHD動画を見ながら筆者は,「企業による記者発表会の模様を,ただ要約するだけの報道機関は,HD動画配信によって存在意義を失う」と思わずにいられなかった。

仏メーカーが作る「NARUTO」のゲームに驚愕

 最後に,E3などで発表された新作ゲームの話題も少しだけさせてもらいたい。E3があった7月は,様々な新作ゲーム・タイトルが発表されており,それらのデモ動画や,実際に遊べる体験版も,即座に配信されている。マイクロソフトはWebサイトでリストを公開しているが,その本数は61本にも及ぶ。SCEも合計8本のゲーム・タイトルの動画を公開中である。「記者のつぶやき」とはいえ,ITproでゲームの話題を述べるのは気が引けるが,記者が驚いたゲームを1本だけ,紹介させていただきたい。

 筆者が最も驚いたゲーム・タイトルは,フランスに本拠を置く大手ゲーム・メーカーUBISOFTが開発中のXbox 360用タイトル「Naruto: Rise of a Ninja」だ。「Naruto」は,集英社のマンガ雑誌「少年ジャンプ」で連載中の,アニメ化もされている作品だ。そんな「純日本製」のマンガ/アニメを,フランスのゲーム・メーカーがゲーム化するという事実に,まず驚いた。

 その驚きは,ゲームのデモ動画を見て驚愕に変わった。日本のバンド「ASIAN KUNG-FU GENERATION」が日本語で歌う楽曲「遙か彼方」をBGMにしたその動画は,マンガ/アニメの持つ雰囲気をそのままに3D化が図られており,いわゆる「洋物ゲームっぽさ」をまるで感じなかった(デモ動画はこちらのサイトで,パソコンでも視聴できる)。

 「Naruto: Rise of a Ninja」の雰囲気は,セガの名作「JSRF(ジェットセットラジオフューチャー)」に非常に似ている。「日本のゲーム・メーカーが作った」と言われても,疑問に感じないほどだ。UBISOFTといえば,戦場を舞台にした3Dシューティング(ファースト・パーソン・シューティング)ゲームを得意とする典型的な「洋物ゲーム」のメーカーだ。そんな海外のメーカーが「日本的なゲーム」を作っていることに驚愕したわけだ。

 しかもこの「Naruto: Rise of a Ninja」は,日本での発売が「未定」なのだ。海外での「Naruto人気」は凄いと聞いていたが(参考:米国版WikipediaにおけるNarutoの項目),Narutoのゲームを欧米市場だけで販売することが,ビジネスとして成立している。そのことに,時代の変化を感じずにはいられなかった。

 任天堂の「Wii」が独走する日本市場で,Xbox 360とPLAYSTATION 3の両方を所有する筆者のような「ゲーム・マニア」は,肩身が狭い限りだ。それでも,新しい技術のあるところには,新しい驚きがあると感じている。ITproらしからぬ話題で恐縮だが,ゲーム機のHD動画配信で今何が起きているのか,少しでも感じていただければ幸いだ。

(注1)MicrosoftのPeter Moore氏はE3の直後,大手ゲーム・メーカーの米Electronic Arts(EA)に転職した(関連記事:Microsoftのゲーム部門の幹部社員が辞職,EAに入社
(注2)HD動画で配信されたE3の記者発表会の模様は,英語音声のみであった。ただし日本のマイクロソフトが独自に作成した日本語字幕入りの動画も,SD(標準解像度)であるが配信されている