「日本のソフト産業はターニングポイントに来た。最先端の開発能力を持つためチャンスはあるが、残念なことにビジネスモデルが古い。新しいタイプに対応しきれていない。特に元請けから始まって何層にもわたり20%ずつさやを抜く業界構造を打破しない限り、グローバル展開できないし、勝てない、生き残れない」。

 歯に衣着せず痛いところを突くのは、米国務省や商務省で腕をふるい、2005年に米セールスフォース・ドットコムに入社したケン・ジャスター上級副社長だ。官僚としての最終は、商務省産業セキュリティ局次官補。国家安全保障に影響する戦略的な貿易管理や企業合併などを担当し、米国とインドの戦略的パートナーシップ推進計画に参画。「米印ハイテク協力委員会」の米国議長を務めた。今では5万人を擁する米IBMを筆頭に、EDSやアクセンチュアなどが数万人規模で急速展開する「インド仕掛け人」の一人である。

 こういう経験豊かなエキスパートが、年率60%成長とはいえ、入社時200億円に満たない企業に入りらつ腕を振るう。これぞ米IT産業のダイナミックでパワフルな一面だろう。ジャスター氏は法務など9部門を掌握し、内部を固めながらM&A(企業の合併・買収)や国際展開という攻めも担当する。セールスフォースのマーク・ベニオフCEO(最高経営責任者)に口説かれたのは04年9月で、「ベニオフ氏のビジョンに感銘」(ジャスター氏)して入社したのは4カ月後だ。

 「SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)がニッチから主流になる。07年が転換点」と断言するのは、5月に来日した米IDCのフランク・ジェンズ上級副社長である。同氏はクレイトン・クリステンセン著の「イノベータのジレンマ(新技術が巨大企業を滅ぼすとき)」を引き合いに出し、07年を起点にした破壊的なイノベーションによって、「顧客が誰なのか」「提供モデルは何か」「市場への進出方法」をIT業界は再考すべきとし、この三つの根底にある破壊的イノベーションは「オンラインによるデリバリー」だと喝破した。

 オンラインによるデリバリーの範囲は広い。しかし、ITの「所有から利用へ」を促すユーティリティサービスに関しては、「プラットフォーム(インフラ)」と「ソフト」の二種だ。サーバーやストレージ、ネットワークといったプラットフォームをサービスする事業は、米アマゾン・ドットコムやIBM、日本でソフトバンクテレコムなどが手掛ける。IT設備を自前導入してきた企業ユーザーや自前のプラットフォームを持たないSaaSベンダーが顧客だ。セールスフォースは自前のプラットフォームに自社CRMソフトを搭載してSaaSに進出。現在ではそのプラットフォームにユーザー企業やSaaSベンダーのソフトを展開するPaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス)事業にも乗り出し、数少ない「ITユーティリティ総合ベンダー」となった。

 既に米メリルリンチなどいくつかの大企業顧客は、「自作のカスタムソフトを当社のプラットフォームに搭載し、グローバルで利用中だ。自前ソフトにこだわる日本企業がグローバル展開する際、この方式は脚光を浴びるはず」とジャスター上級副社長は期待する。だが真の狙いは、欧米に比べ“パッケージ鎖国”の日本の開国だ。斬り込み隊長であるセールスフォース日本法人の宇陀栄次社長は、「日本企業が開発したSaaS向けパッケージはまだ40本。それを1万本にする」と意気込む。業種・業務のサブソフトを展開すれば、1万本は数年先に見えているという。中堅・中小企業がターゲットだ。

 宇陀社長の野望は、08年開始の「クリエイティブ支援センター」を通じて、日本産ソフトをグローバル展開することである。「下請け構造に甘んじてきた小粒でも優秀なソフト企業のパッケージ開発を支援し、SaaSで世界に配布する。日本のビジネスソフト産業が海外展開できなかったのは販路の問題もあった」(宇陀社長)。ネットワークは一瞬にそれを具現化する。日本のソフトのイノベーションとグローバル化に“外資企業”が燃えている。