事業部に昇格した第三営業部ですが、相変わらずトラブル続きです。坊津君は提案のための見積もりを、SEを率いる愛須課長に拒絶され絶体絶命。猫柳君も突然、お客さんに会ってもらえなくなりました。そんな中、比較的順調だった桜井君とリエピーのペアにもトラブル発生です。協力会社が突然、音信不通になったのです。2人は血相を変えてオフィスを飛び出していきました。


「桜井さん、さーくーらーいーさん!」
 あわててタクシーに飛び乗った桜井君とリエピーこと後藤さんですが、桜井君はケータイを見つめてリエピーの呼びかけに反応しません。
「メールばっかやってないで、返事してくださいよ」
「いや、ちょっと…待って…あの、その…」
「ぶつぶつ言う人にはブーツでキック! あ、嫌だ、あたしったらオヤジギャグ」
「うわ、痛てて、なんだよ」
「なんだよ、じゃないですよ、何でそんなに焦ってるんですか?」

 そりゃ新人なんだから意味が分からないのも仕方ないかと思いながら、桜井君はケータイを折りたたみ、ポケットに入れました。
「だって、お客さんは行方不明になったり、倒産したりすると、お金がもらえないから困りますけど、楽多ソフト開発は仕入先でしょ。仕入先がつぶれたら、お金払わなくてよくなるってことに…」

 手を振って桜井君は否定しました。
「お金はほかの人が回収に来るんだよ。そもそも君が不動産会社だったら、ビルを建ててる途中で頼んだ建設会社がつぶれたらどうなる?」
「えーっと、そしたらほかの建設会社にやってもらえばいいんですよ」
「そりゃ、建築のような業界基準、標準ルールが確立している業界なら、それもあり得るかもしれない。でも僕たちがいるのは、インチとメートルと尺が混在っていうか、会社によって単位が違うような業界なんだぜ。他人の書いた設計図は読めないよ」
「でもIT業界でも標準化、標準化って…」
「そんなの80年代から、みんな言ってることだよ。言い続けてるってことは、まだできていない証拠」
「そうなのか…80年代から…なるほど、なるほど。博学ですね。桜井さん、アタシ尊敬しちゃいます」
「たまには僕も難しいこと言うんだよ」
「…あれ?」と尊敬のまなざしが急に疑惑のまなざしに変わるリエピー。
「何だよ?」
「80年代…ということは…、なーんだ、中田部長の受け売りですね、この話」
「うるさいよ。とにかく楽多が倒産して逃げてなきゃいいんだけど」

 まもなくタクシーは豪奢なつくりのビルの前で止まりました。タクシー料金を払うと2人は、コートに袖もとおさないでクルマから転がり出ました。
 ビルを見上げて桜井君は力をこめて言いました。
「さあ勝負だぞ、リエピー。ちょっと怖いが営業で殺されたヤツはいない」

 オフィスでは猫柳君と新任課長がもめています。
「課長、ブルドッグ自動車への同行をお願いしますよ」
「猫柳君、私は忙しいんだよ」
 甲高い声の主は、新任営業課長の根積課長です。
「だって営業課長なんだから、もうちょっと僕らと動いてくださいよ」
「ブルドッグはこの前、行ったとこじゃないか」
「あれから会ってくれないんですよ」
「そりゃ、なにかい? 私のせいだとでも言うのかい?」
「い、いえ…」
「ゴルフの話で盛り上がってたじゃないか! 私だって第二営業部では受注トップだったんだよ、ふん! 君もゴルフクラブさえ握ったことない若造のくせに、『社長と趣味があってよかったです~』って喜んでたじゃないかね」
 シュンとする猫柳君。
「ほらほら、次の会議があるんだよ。全く私に全部押し付けて中田部長もひどい人だ。はいはい、どいた、どいた」
 そう言って根積課長は、資料をかき集めて行ってしまいました。小柄な彼が分厚いファイルを何冊も持って歩くと、書類が歩いているようにも見えます。

(イラスト:尾形まどか)

「ネコ、無理だよ。あきらめて自分でなんとかするしかないな」 坊津君が寄ってきて言いました。
「根積課長は行ってくれないよ。第二営業はずっとルートで、SE派遣の営業しかしてねえからな。客先なんて行けねえよ」
「でも営業課長だったんでしょ?」
「伝票持ってくだけさ」
「でも前回はね、ゴルフの話で盛り上がったんですよ」
「たまたまだよ」

 そこに内藤課長代理が口を挟みました。
「でも会議が多いのは事実だし、中田部長がいないから全部根積さんが出ないといけないのも本当だよ。猫柳君、とりあえず自分で行っておいで。僕が行ってあげられればいいんだけど」
「大丈夫です。内藤さんはさっき根積課長から大量の資料作成指示がありましたもんね。じゃ、行ってきます」
「お、がんばってな」と、坊津君はノロノロ出て行く猫柳君の背中に声をかけた後、内藤課長代理に向き直りました。 
「やっぱ、ブルドッグで根積さん、何かやらかしたのが原因じゃないですかねえ」
「何言ってるんだ。猫柳君だって何もなかったって言ってるじゃないか。むやみに人を疑うもんじゃないよ。それより愛須課長、席に戻ってるんじゃないか。もう一度頼んでみたらどうだい?」
「はーい、俺の敵は天王寺にあり、ってとこですね」
「それを言うなら、本能寺だよ」

「えーっと、こりゃまたすごいビルだね」
 楽多ソフトが入居しているビルは、総大理石造りのエントランスホールを持つ豪華なビルでした。
「こんなとこ入ってるんだから倒産してないですよ」
「こんなとこだからヤバイんだ」
「あ、そっちじゃないです。入り口はこっちですよ! 桜井さん」
「いいんだ…」

 手帳を取り出し玄関脇の入居企業名をメモしながら桜井君は話します。
「ソフト会社は人集めが重要だからね。実力以上のビルに入居したがるんだよ。それにしても立地といい建物といい、こりゃ楽多の規模から考えると立派すぎる」

 次に植え込みに立っている建築表示をメモする桜井君です。
「先に言っとくけど、これも受け売りだけどね。ここだと賃貸料の坪単価がこれくらいで、楽多の社員数はこれくらい。で、年間売り上げがこれ」
 小さな電卓をさっと出して計算する桜井君です。
「これだけで、いろんなことが分かるんだ」
 数字を手帳に書き込んでリエピーに説明する桜井君。そこには、中田部長のものと思われる筆跡のメモが貼ってありました。
「いろんなことっていうと…」
「ま、それは後。さあ、乗り込むぞ」

 大理石のエントランスに滑りそうになりながら、桜井君が駆け込みます。機敏なんだか、ドンくさいんだか分からない桜井君が、妙におかしいリエピーでした。
「あれれ、桜井さん」
「なんだ。どうした?」
 エレベータに乗り込んだ2人でしたが、リエピーがボタンを何度も押しても、楽多ソフトのある5階と6階のボタンが点灯しません。
「えっーと、まず7階に上がるぞ。7階は大丈夫?」
「行けます」
「ようし。まず7階だ。非常階段で降りるぞ」
次回に続く

今号のポイント:協力会社と付き合うための営業の心得

 前回も触れましたが、ソフト業界は労働集約型産業です。ある程度の規模の仕事を自社SEだけで請けることはまずなく、そこで問題になるのが協力会社の与信管理です。営業として注意すべき点をまとめてみました。株主構成や決算書などは、当然のことですからここでは触れません。
 ソフト開発会社は、担保になる資産がありませんから借金はできません。仕入れもありません。つまり借り入れがありませんから、帳簿から危険度を測ることは困難です。推移で判断しましょう。数値推移で特に重要なのは売り上げと社員数です。両者の比率がリニアに動いているか、突然減ったり、増えたりしている理由は何か、などを見るのです。
 社員数の増減が売り上げ規模に影響します。そして社員数の分岐点は、次の3段階があります。

 それ以上の規模を持つ場合は、組織として対応すべきです。営業個人のセンスだけでは無理で、企業としての調査力が必要となります。役員、部長、課長、みんなで判断しましょう。えっ、例の匿名掲示板は参考になるかって、それはあなたの判断にお任せします。

油野 達也
自らもトップ営業として活躍しながら、自社の営業担当者だけでなくパートナー企業の若手営業、SE転身組を長期にわたり預かる育成プログラムに尽力。ITコーディネータのインストラクター経験もあり。