日本では今秋,モバイルWiMAXを含む無線ブロードバンド向け周波数の割り当て先が決定する。利用する周波数は2.5GHz帯で,全国単位で最大2事業者に割り当てられるほか,市町村単位でもデジタルデバイド解消を目的とした周波数を確保する(関連記事)。米国では日本と同じ2.5GHz帯を利用し,スプリント・ネクステルとクリアワイヤが共同で全国規模のモバイルWiMAXネットワークを構築する予定だ(関連記事)。では,欧州はどうなっているのか。情報通信総合研究所の調査によると,国ごとに若干異なる部分はあるものの2.5GHz帯と3.5GHz帯の利用を検討する国が多いことが判明した。

(日経コミュニケーション編集部)

 現在,欧州各国において,無線ブロードバンド・アクセス向けの周波数帯域の配分が本格化しつつある。欧州委員会は周波数配分を技術中立とする原則を呼びかけてきており(注1),加盟国の中にもこの方針を打ち出すものが現れている。英国など一部の国では,従来は第3世代移動通信システム(3G)の拡張帯域(3G extention/expansion band)とされていた2.5GHz帯へ技術中立的なオークションを導入する計画がある。また,固定無線ブロードバンド・アクセス向けとして免許公布した3.5GHz帯を,技術中立の観点から移動通信向けにも開放する免許修正が進められている。

(注1)欧州委員会は現行規制パッケージ見直しの一環として,原則として全帯域で周波数配分を技術・アプリケーション中立とし,一部の帯域において二次取引を認めることを提案中である。

WiMAX業界団体が求める配分は2.5GHz帯,3.5GHz帯,5.8GHz帯

 WiMAX(Worldwide Interoperability for Microwave Access)は,2001年に設立されたWiMAXフォーラムによる規格で,IEEE 802.16ワイヤレスMAN(metropolitan area network)エアーインタフェースの通称ともなっている。WiMAXは通常の移動通信ネットワークと同様に,基地局と端末で構成されるポイント-マルチポイントのアーキテクチャーをとり,基地局-固定局なら半径50kmまで,基地局-移動局なら5~15kmまでの範囲にわたってブロードバンド無線アクセスを提供することができる。

 WiMAXフォーラムは2004年に作業部会を設置し,特定帯域への周波数配分と免許不要帯域の利用を呼びかけ,この技術の世界的な普及を促進しようとしている。WiMAXフォーラムは帯域を2.5GHz,3.5GHz,5.8GHz帯の3つに大別している。2.5GHz,3.5GHz帯は当局の周波数配分が必要で,今後の一般的な使用が予想される帯域であり,5.8GHz帯は多くの国において免許不要とされている帯域である。これらの周波数に関する欧州での制度は,以下のようになっている。

■2.5GHz帯(3G拡張帯域)

 ITU(国際電気通信連合)が,3Gのコア帯域(現行の1.885~2.2GHz)の容量が不足した場合に拡張を認めている帯域である。CEPT(欧州郵便・電気通信主管庁会議)の電子通信委員会決定(ECCDecision 02(06))は,市場の需要状況に応じ,2.5~2.69GHz帯を3G向けとして2008年1月1日までに空けるべきであるとしている。つまり,仮に周波数がある場合は,この時点を境に3G用途で利用できるようにするという合意が存在している。現在,欧州委員会のRSC(Radio Spectrum Committee)が,3G以外の技術・アプリケーションへも開放すべきかどうかの検討を重点的に進めている。

■ 3.5GHz帯(FWA帯域)

 2007年3月30日,CEPTは欧州委員会からの権限委託を受け,3.4~3.8GHzを「固定無線ブロードバンドアクセス(FWA)」と総称されるサービス向けに指定することを決定した(ECC Decision ECC/DEC/(07)02)。このサービスには,固定,ノマディック,移動アクセスがいずれも含まれ,決定には周波数配分に関するガイドライン,および実施期限(2007年7月1日)が記載されている。この帯域は現在WiMAXへの配分が最も進んでいる帯域でもある。

■ 5.8GHz帯(免許不要帯域)

 この帯域は,3.5GHz帯の補完的位置付けにある。免許が不要なので,他のアプリケーションと同一帯域に共存することになる。2006年12月採択のCEPT勧告(ECC Recommendation (06)04)は,5.8GHz帯域における無線ブロードバンド・アクセスと,地上・衛星通信やレーダー通信など他のサービスとの間における周波数共用のあり方を取り決めている。

一部の国は2.5GHz帯に技術中立原則を打ち出す~WiMAXが3Gと競合?

 2.5GHz帯は3GとWiMAXの双方に魅力的な周波数であるため,その動向が注目される。欧州委員会は2006年11月に各国に質問表を送付して2.5GHz帯の配分方針を調査した。返答によると,2005年に周波数配分を技術中立とする方針を公言した英国をはじめ,ドイツ,ノルウェー,ほか一部の東欧諸国が技術中立原則に従うと回答した。オーストリア,チェコ,オランダ,スペインなどもこの原則に好意的である。27加盟国のうち18ヵ国が2008年までに2.5GHz帯をWiMAXへも開放する計画とする報道もある。

 ノルウェーは2007年中に,英国,スウェーデン,ドイツは2008年にも2.5GHz帯免許のオークションを実施したい意向である。この帯域はモバイルWiMAXにふさわしいとされており,配分を一種の既得権益として捉えていた3G事業者にとっては好ましいニュースではない。しかし開放についてはWiMAXを推すEUで情報社会・メディアを担当するビビアン・レディング委員からの圧力が強く,今後も各国で進む可能性がある。

 一方,WiMAX側でもITUの公式なインターフェースとして,3G帯域の配分を受けようとする動きを起こしている。現在,WiMAXの1つの仕様「OFDMA TDD WMAN」をIMT-2000に含める提案がITUで検討されている。仮にこれが3Gカテゴリー(あるいは4G)のステータスを獲得できれば,技術中立性問題は消滅し,WiMAXの2.5GHz帯へのアクセスは容易になると考えられる。従来,この帯域を巡っては3G業界とWiMAX業界が激しいロビー活動を繰り広げてきた。このような緊張下で,当局の一存で特定技術に特定帯域を指定することは,透明性の観点から正当化が難しくなり,経済上の説得力も打ち出せないと思われる。「技術中立」は,需給の逼迫,複数技術の登場による市場の不透明性など,今後一層の出現が予想される問題に対する1つのソリューションであることは間違いない。

 現在のところ,2.5GHz帯を開放しても当初導入されるWiMAXは固定通信ベースであると予想される。だが,いずれはWiMAXは完全なモビリティを提供可能なまでに発展するとも考えられる。3Gを発展させた規格である「LTE」(long term evolution)より早くモバイルでの無線ブロードバンドを実現する可能性もあって,移動通信事業者にとっては懸念材料である。モバイルWiMAXの導入を進めている移動通信事業者は韓国KT,米スプリント-ネクステル,メキシコのテルメックスなどがある。東欧ではWiMAXテレコムが,オーストリア,クロアチア,スロバキアで免許を取得してWiMAXネットワークを運営している。欧州の大手ではBTが動き始めている。

 3GとモバイルWiMAXが直接競合する可能性を,直ちに予言することはできない。3G,HSDPA,有線ブロードバンドなどのサービスが存在し,ブロードバンド市場がある程度成熟した市場ではWiMAXに対する需要はそれほど大きくないだろう。だが,東欧は魅力的な市場になる可能性がある。かねてからWiMAXに興味を示してきたボーダフォンは,マルタ,バーレーン,フランス,ギリシャ,ニュージーランド,南アフリカでネットワークの運営を開始している。WiMAXにこれほど熱心になる理由の一因は,一向にLTEの準備が進まない機器ベンダー業界に業を煮やしたためともいわれている。業界のリーダー的存在のボーダフォンがLTEを飛び越してWiMAXの採用に動くとなれば,機器業界へのインパクトは測りしれない。

3.5GHz帯ではモバイル用途を受け入れ

 一方,3.5GHz帯は既に固定無線ブロードバンド(FWA)として指定され,ガイドラインも存在することから,加盟15ヵ国の大半が既にオークションなどで配分を行なっている。移動用途となるモバイルWiMAXについては,スウェーデンが3.6~3.8GHz帯のオークションを2007~2008年に実施することを計画している。また,スウェーデン,ノルウェーは過去に付与した免許も技術中立に扱おうとする立場を取っており,スウェーデンは2007年3月にテリアソネラの3.4~3.6GHz帯免許をモバイル用途へも利用可能に変更したところである。

 技術中立原則を2005年から打ち出している英国も同様に,既に発行した免許の変更を認めるためのコンサルテーションを実施中である。2007年6月18日,英国オフコムは香港PCCW子会社であるUKブロードバンド社の保有する無線電信法に基づく周波数免許を,モバイルWiMAXサービスを提供できるよう修正することを提案。一般意見の募集を開始した。免許が付与されれば,同社は現状の固定ブロードバンドではなく,モバイル・ブロードバンドによるサービスを全国展開する途が開ける(注2)。

(注2)UKブロードバンドは2003年7月に3.5GHz帯の周波数免許をオークションにより獲得し,英国テムズバレー地域で無線ブロードバンド・サービスを提供している。同社は2006年12月に当時保有していた15の地域免許を1本化する免許修正を申請し,2007年3月に認められた。このとき同社はさらに固定サービスへの制約の撤廃と,移動サービスとしてカバレッジを確保するための電波強度の増大によって,モバイルWiMAXを全国提供できるよう希望したのである。

 オフコムは免許修正を認める方向で検討を進める見通しである。コンサルテーションにおいては,「固定」として落札した免許をそのまま「移動」に変更することが許されるか,などについての意見も出されるだろう。転売,2次市場に関連して,どのような議論が展開するかも興味の湧くところである。

 技術中立原則をいち早く取り入れたオフコムでは,周波数帯域へのアクセスの分散化の研究を進めている。一定のサービス品質と価格の組み合わせから,ユーザー端末が無線帯域を含む最も適切なアクセス・ネットワークを選択できるようなシステムの将来的な構築を検討している。今後,技術中立原則によって周波数の供給が豊富になれば,そのようなシステムも現実味を帯びてくるといえよう。

 ただしパイオニアとして英国がたどる道は決して平坦でない。2.5GHz帯のオークションは業界の意見調整に手間取り,実施は2008年へと当初予定よりも延期された。過去に高い免許料を支払った3G事業者は,周波数用途に制限をつけないことにより,自分たちの3Gサービスが不利になることには強く抵抗している。

 また,技術中立なオークションとは,どのような用途に使うかを問わず,一番高い価格をつけた買い手に周波数を売り渡すということを意味し,小規模な事業者や新規事業者の参入の機会を奪ってしまう心配もある。このような問題への配慮から,イタリアが2007年5月に決定した3.5GHz帯免許付与方式では,オークションを行ないつつも,現在3G周波数を持たない新規事業者向けの枠が確保されるという方式になっている。

 透明性,技術中立性は,技術や市場環境の変化スピードが急増する中,状況に柔軟に対処するための原則であるはずである。周波数を特定のサービスや企業に付与することは,周波数が豊富に存在した過去には可能だったが,将来は贅沢になるかもしれない。透明性,技術中立性の原則の導入は,長期的にはどの国も検討課題としては避けられないと考えられる。

 新たな周波数配分の制度は未だに実験段階というべきだろう。制度として定着するためには未だ克服すべき問題点は多く,今後,加盟国でどのような工夫が重ねられていくかには注目すべきである。

八田 恵子(はった けいこ) 情報通信総合研究所 主任研究員
1996年情報通信総合研究所入社。固定,移動通信の接続料金,規制・政策を中心に研究。現在,通信・放送融合領域におけるEUの政策動向に焦点を当てている。


  • この記事は情報通信総合研究所が発行するニュース・レター「Infocom移動・パーソナル通信ニューズレター」の記事を抜粋したものです。
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