前回紹介したVPSサービスの中でも,世界最大規模のITインフラを提供するものとして,1年以上前から注目を集めているサービスがある。米アマゾンが2006年8月に開始した,サーバーのリソース貸しサービス「Amazon Elastic(弾力性のある)Compute Cloud(EC2)」だ。EC サイト「Amazon.com」,「Amazon.co.jp」が稼働しているサーバー環境を一般企業に提供するもので,アマゾンが1500億円以上のコストを投じたとされるITインフラを,同社が持つ運用ノウハウ込みで利用できる。

 EC2では,ユーザーが構築したアプリケーションを,アマゾンが用意したサーバーの仮想マシン上で動作させる。サーバーには,アマゾンがこれまで培ってきた冗長化のノウハウや負荷分散の技術が詰め込まれており,障害によってサーバーが利用できなくなる危険性は小さい。

 EC2は現在のところベータ版という位置付けだが,今後は新たな事業の柱に育てたい考え。すでに顧客が存在しており,現状ではインターネット向けのサービスを提供するWebサーバーを動かしている企業が多いという。時間単位で料金が設定されているため,短期間だけサーバーを利用したいという場合にも向く。

必要に応じて複数のサーバーを手軽に起動

 EC2は,オープンソースの仮想化ソフト「Xen」をベースに,アマゾンが独自開発した仮想化技術を使っている。仮想サーバーは1台単位で増減できる。ユーザー企業は利用したいアプリケーション・ソフトを含む起動イメージ・ファイルを作成してアップロードする。それを基に,必要な台数の仮想サーバーを起動する仕組みだ(図4)。

図4●「Amazon Web サービス」の一メニューとして投入する「Elastic(弾力性がある) Compute Cloud(EC2)」の概要
図4●「Amazon Web サービス」の一メニューとして投入する「Elastic(弾力性がある) Compute Cloud(EC2)」の概要

 利用可能なOS はLinux とWindows。仮想サーバーの1台当たりのスペックは,CPUが1.7GHz(x86),メモリーが1.75Gバイト,ディスク容量が160Gバイト,通信帯域が250Mビット/秒である。

 1台の仮想サーバーに処理が集中した場合は,起動イメージ・ファイルを使って複数のサーバーを起動することで負荷を分散し,全体の処理性能を高めることができる。ユーザーはネットワーク経由でアマゾンのサーバーにアクセスし,起動コマンドを入力するだけでよい。

 ECサイトで商品を購入するように,オンライン・サインアップだけでサーバーが利用可能になるのも,EC2の特徴だ。米アマゾンのWebサービス・エバンジェリストであるジェフ・バー氏は,「利用開始前の打ち合わせや契約が煩雑な,ITベンダーが提供する既存のサーバー貸しサービスとは,大きく異なる」と強調する。
 

冗長構成付きで年間10万円

 現時点で利用可能な仮想サーバーが設置されているのは,米国内にあるアマゾンのデータセンターだけ。日米間の通信回線に障害が発生するなどすれば,利用できなくなる可能性がある。サーバー環境は強固であっても,100%安全だとは言えない。

 そのためアマゾンは今後,「サーバーを動かすデータセンターを世界各地にある複数拠点から選択したり,より性能が高い仮想サーバーを利用したりできるように,サービス・メニューを強化していく」(バー氏)としている。

 EC2のサービス料金は,仮想サーバー1台につき1時間10セントである。24時間365日連続でサーバーを起動した場合は876ドル(約10万円)になる計算だ。

 アマゾンがITサービス事業に本腰を入れる背景には,米グーグルや米ヤフーのように,強大なITインフラや蓄積したデータをインターネット上に公開するサービス・ビジネスが成り立ち始めたことがある。アマゾンにしても,便利なネット・サービスを提供し顧客数を増やすことで,ネットでの影響力を強め,物販に続く主力事業に育てたい考えだ。