フェムトセルのコンセプトは至ってシンプルだ。携帯電話の基地局を小型化し,一般ユーザーが家庭に手軽に設置できるような仕組みを実現。フェムトセルと携帯電話網を商用のブロードバンド回線経由で接続する形となる。「フェムトセルのアイデア自体は古くから存在していた。2年ほど前から検討を進めてきた」と,フェムトセルを開発する各ベンダーの担当者は口をそろえる。

 ここに来て各社が製品やソリューションをこぞって発表している理由は,フェムトセルを実現のために必要と考えられてきた技術的な課題が,ことごとく解消に向かっているからだ。

 フェムトセルの実現に向けては,本体を小型化する以外に,水面下で下記のような技術的な課題の解消が図られてきた(図1)。具体的には(1)フェムトセルと携帯電話のコア・ネットワークとの接続方法,(2)フェムトセル経由のデータ・トラフィックのコントロール方法,(3)商用のブロードバンド回線を伝送路として使う際のセキュリティやQoSの確保,(4)フェムトセルと既存の基地局との干渉の回避方法,(5)フェムトセルと既存基地局間のハンドオーバー,(6)フェムトセルの管理方法--の6点だ。

図1●フェムトセルを実現する上での技術的なポイント
図1●フェムトセルを実現する上での技術的なポイント
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 いずれも先に記したフェムトセルのコンセプトを実現するためには重要な要素。今回はその中から(1)~(3)について,技術的な詳細を解説していこう。

携帯電話網との接続方法は5タイプが候補

 フェムトセルのシステムは,基地局に当たるフェムトセルのほかに,携帯電話のコア・ネットワークと商用のブロードバンド回線網を接続するためのネットワーク・コントローラが必要になる。携帯電話がフェムトセルのエリアに入ると,コア・ネットワーク上で位置情報を管理するホームメモリー(HLR)に位置を報告。着信の際にはホームメモリーの情報を元に,ネットワーク・コントローラを経由してブロードバンド回線経由でフェムトセルに呼を運ぶ。

 実は携帯電話網との接続方法は各ベンダーによってまちまちだ。現時点では(1)Iub over IP型,(2)集線装置(concentrator)型,(3)崩壊(collapsed)型,(4)UMA型,(5)IMS&SIP型の5 タイプが候補となっている(図2-1)(図2-2)。それぞれのタイプごとにコア・ネットワーク側に必要な装置も違えば,フェムトセル自体の機能も異なる。これに伴ってネットワーク構築の難易度や実現できるサービスにも差が出る。現時点では,どのタイプが有力か判断がつかない状況となっている。

図2-1●フェムトセルと携帯電話のコア・ネットワークとの接続方法
図2-1●フェムトセルと携帯電話のコア・ネットワークとの接続方法
Iub over IP型と集線装置型は,比較的導入が易しい。半面データ・トラフィックのオフロードなど柔軟なネットワーク・コントロールには対応しない。
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図2-2●フェムトセルと携帯電話のコア・ネットワークとの接続方法
図2-2●フェムトセルと携帯電話のコア・ネットワークとの接続方法
崩壊型,UMA型,IMS&SIP型は,データ・トラフィックのオフロードなど柔軟なネットワーク・コントロールに対応する。
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 ユーザーにとって最も大きな違いといえるのが,Iub over IP型と集線装置型が端末からデータ通信する際に必ず携帯電話のコア・ネットワークを経由しなければならないのに対して,崩壊型やUMA型,IMS&SIP型ではコア・ネットワークを通過せずにアクセスが可能になる点だ。フェムトセルのベンダーである英ユビキシスのレン・シュツク創業者兼業務推進担当副社長は,「携帯電話事業者は,携帯電話網を経由せずに直接インターネットにトラフィックを流せるような形を求める声が多い」と語る。データのトラフィックをフェムトセルと携帯電話網をつなぐIP網へオフ・ロードすることで,コア・ネットワークの負荷を抑えたいからだという。

 Iub over IP型と集線装置型は,既存の携帯電話網が持つ無線ネットワーク制御装置「RNC」(radio network controller)を,ネットワーク・コントローラとしてそのまま使用する。携帯電話網を大幅に変更する必要がないので,サービス導入の障壁が低い。スウェーデンのエリクソンや韓国のサムスン電子が用意するシステムがこのタイプに該当する。NTTドコモのフェムトセルのシステムもこのタイプだ。

 ただ一般的なRNCは多数の基地局を扱う仕様になっていないことが多く,それを改良したのが集線装置型だ。フェムトセルとの接続を集線装置でまとめる形になる。英アイピー・アクセスはまずこのタイプからスタートしたいとしている。

フラットなコア・ネットワークを実現する崩壊型

 崩壊型はフェムトセル自体にRNC機能や携帯電話網が持つパケット通信機能を内蔵することで,フェムトセルから直接インターネットにアクセスできるようにしたタイプだ。既存の携帯電話のアーキテクチャを崩した(collapsed)形からこのような名前が付いている。米モトローラや仏アルカテル・ルーセント,中国のファーウエイなどがこのタイプの開発を進めている。

 アルカテル・ルーセントのヴィンス・ピジカAPAC CTOは「崩壊型のアーキテクチャは携帯電話事業者のネットワークをフラット化し,ネットワークのコストを抑えられる」と語る。既存のアーキテクチャはエリアを増やすごとにRNCが必要になりコストがかさむ。その点,崩壊型は,必要な機能をフェムトセルに集約することで,ネットワークのコストが抑えられるという。

 UMA型は,英BTのFMCサービス「BT Fusion」などが利用している無線LANやGSMとの間でシームレスな通信を実現する規格「UMA」(unlicenced mobile access)をフェムトセルのシステムに応用したタイプだ。英ユビキシスなどがこのタイプを視野に入れている。IMS&SIP型は,現在標準化が進んでいるIMSを使って,ネットワークをコントロールする形だ。NECは,NGN(次世代ネットワーク)への移行にもつながるこのタイプの開発を進めている。

 UMA型とIMS&SIP型も,端末から携帯電話のコア・ネットワークを通過せずにWeb アクセスできるなど,ユーザーに対して多彩なサービスを展開できるメリットがある。ただしUMA型とIMS&SIP型は新たな通信プロトコルを利用するため,導入の障壁が高くなる点が課題といえる。

IP網を経由する際はIPsecなどでセキュリティを確保

 なおいずれの接続タイプも,フェムトセルと携帯電話網を結ぶブロードバンド回線上は,IPsecなどのVPNを張る形を取っている。フェムトセルのシステムは,商用のブロードバンド回線を経由して音声信号やパケットを流すため,セキュリティを確保する必要があるからだ。

 一方でブロードバンド回線が途切れた場合,フェムトセルと携帯電話は接続できるが通話ができなくなる。ユーザーにとってみれば,フェムトセル自体に不具合があるのか,回線に問題があるのか判別がつかないという問題が発生する。ソフトバンク・グループはこうした問題を避けるために,「一定期間ブロードバンド回線が途切れている場合は,フェムトセルの機能をオフにする仕様を盛り込む」(ソフトバンクモバイル)という。回線が落ちている場合は,携帯電話とフェムトセルを接続できないようにして,既存の基地局経由で通信する仕組みだ。