あなたは,苦手意識に悩まされたことはないだろうか? SEであれば,顧客企業のシステム担当者がクレーマーのようにうるさい人物だったり,自分の上司とどうしてもウマが合わなかったり・・・・・・。できればそういう人物には近寄りたくないし,仕事でどうしても会わねばならない時には,何とか事なきを得たいと祈るような気持ちになるに違いない。

 だが時として,自分のキャリアをかけるような大型プロジェクトにおいて「苦手な相手」に遭遇してしまうことがある。ビジネスで成功するためには,どうしてもその道を避けて通ることができず,正面から立ち向かわなくてはならないとき,自分の内にある苦手意識をどうやって克服したらよいのだろう。

トップ・アスリートも苦手意識には勝てない

 実は,この苦手意識というくせものは誰もが持っている。それは並はずれた精神力を持つトップ・アスリートでも同じことである。いかに優れた能力を持っていたとしても,苦手意識によって全く力を出せずに負けてしまうのである。最近,まさにそうしたケースを目の当たりにした。

 今シーズンの米国プロ・バスケットボールリーグ(NBA;National Basketball Association)は6月に全日程を終了したが,“史上最大の番狂わせ”に沸いたのをご存じだろうか。

 レギュラーシーズンを81.7%という圧倒的な勝率で1位通過し,優勝候補の筆頭に挙げられていたダラス・マーベリックス(以下,マブズ)が,シーズン8位通過のゴールデンステイト・ウォリアーズ(以下,ウォリアーズ)とプレイオフ1回戦で対戦し,あえなく敗退してしまったのである。1位が8位に負けるという事態は,NBA史上3度目,現在の4戦先取方式のプレイオフになってからは初めてのことだ。

 今年のマブズは,レギュラーシーズンを67勝15敗という歴代3位の勝率で突破し,圧倒的な強さを誇った。昨年のNBAファイナルでマイアミ・ヒートに惜しくも破れて優勝を逃していただけに,今年こそはと期するものがあったのだろう。特にシーズン後半は安定した強さを見せつけ,つけ入るスキが全くなかった。

 だが“落とし穴”が待っていた。プレイオフの1回戦で苦手チームのウォリアーズと対戦することになったのである。普通に考えれば,レギュラーシーズン1位のマブズが,シーズン成績42勝40敗で5割がやっとのウォリアーズに負けるはずがない。だがマブズはウォリアーズが苦手で,レギュラーシーズン中に2度戦ったが,いずれも負けている。唯一の鬼門であるチームとトーナメントで最初に当たることになった心理的プレッシャーは予想以上に大きかったようだ(ウォリアーズはレギュラーシーズン最終戦で8位に滑りこんだ)。結局マブズは2勝4敗で負け,優勝レースから早々と姿を消した。

 マブズがウォリアーズを苦手としていたのは理由がある。ウォリアーズのヘッド・コーチは,かつてマブズのヘッド・コーチを務めていたドン・ネルソン氏。マブズの現ヘッド・コーチのエイブリー・ジョンソン氏は,ネルソン氏のもとでアシスタント・コーチを務めていた。しかもマブズのエース,ダーク・ノビツキー選手にとっても,ネルソン氏は自分をチームに招いてくれた恩師。自分の長所も短所もすべて知り尽くしているかつての師匠が,あるいは恩師が,挑戦者となって向かってくる。これ以上,やりにくいことはないだろう。

 確かにネルソン氏の采配は見事だった。長身のノビツキー選手の足下に滑り込むアグレッシブな攻撃によってディフェンスのリズムを狂わせ,ディフェンスがうまくいかないイライラがオフェンスにも影響し,エースの得点力は全く封じ込まれてしまった。試合後のインタビューでノビツキー選手は「イライラして自分のペースに全く乗れないうちに試合が終わってしまった」と語っている。

 エースの不調はチーム全体に影響する。「マブズの選手の誰もが,レギュラー・シーズンの時のような自信にあふれたプレーが全くできなくなってしまった」と,ジョンソン・ヘッド・コーチが言うように,暗く憂鬱なムードがチーム全体を覆い,最後までぬぐい去られることはなかった。苦手意識がこうも人を抑圧するものかと,驚きと共に怖れすら抱いたのは筆者だけではないだろう。

拒絶反応を抑える即効テクニック

 トップ・アスリートにして,苦手意識にはここまで手こずる。いわんや,我々普通の凡人にとって苦手意識によってもたらされるダメージは計り知れない。何とか対処できないものか。

 『苦手意識は捨てられる』の著者で,ストレス対処法のセミナーなどを数多く手がけるチーム医療社長の梅本和比己氏は,「苦手意識を消し去ることはできないが,拒絶反応を起こさないような“対応力”を身に付けることはできる」と話す。

 梅本氏はNLP(神経言語プログラミング)というストレス・コントロール技法のトレーナーとして10年以上,ストレスに悩む人々を指導してきた。NLPの基本的な考え方は,苦手と感じる脳の神経回路をプログラミングし直す,つまり「こうありたい」と思う望ましい状況に上書きするというものだ。

 梅本氏に即効性のあるNLPの手法を紹介してもらった。それは,「ストローク・シャワー」という手法で,看護の現場などで広く活用されているという。

 「看護はストレスの多い職場。体調の悪い患者さんをケアする仕事であり,看護士たちは自分のエネルギーを出しつづけ,やがて干上がってしまうことも多い。そんな時,苦手な患者さんの検診に行くのは本当につらいことのようで,エネルギーを蓄えるためにストローク・シャワーが使われている」と,梅本氏は背景を説明する。

 ストローク・シャワーの手順はこうだ。まず,これから苦手な患者さんのところに行くので緊張している看護士(被験者)が中央に座り,その周りをぐるっと取り囲むように他の看護士たちが座る。そして周りの看護士たちが1人ずつ,被験者に向かって,被験者の長所をほめていく。「あなたは本当によく働くわ」「いつも気が利くよね」「明るい性格が魅力的よ」などなど,何でもいい。1周したら,今度は一斉に,今話したほめことばをまるでシャワーのように被験者に浴びせかける。

 ストローク・シャワーを浴びた被験者は,体温が上昇し,苦手な相手に対する拒絶反応を抑える効果があるという。ただし,対応力を高める効果は数十分ほどなので,実施するタイミングを計ることがポイントとのことだ。

悩める自分を客体化する“分離法”

 ストローク・シャワーを実践するには,周囲の協力が欠かせない。営業現場であれば声もかけやすいだろうが,1人で黙々と仕事をするSEの場合はそうもいかないときもあるだろう。

 「そういうときには」と梅本氏が紹介してくれたのが,これもNLPの技法の一つである「分離(dissociation)」である。

 そもそも苦手意識は,上司にひどく怒られたとか,試合でボロ負けしたとか,悪い体験によって作られていることが多い。それでひどく自信を失い,「あの相手は苦手だ。次もきっとうまくいかない」と思い込んでしまうのである。

 だがあなたは,その上司の言うように本当にダメな人間なのか。それほど下手くそな選手なのか──そんなことはあるまい。今までにすばらしいシステムを開発して顧客に喜ばれたこともあるだろう。スポーツ選手なら試合で活躍したことがあったはずだ。

 苦手意識に対処するための「分離」法では,このような失敗体験と成功体験の両方の記憶を使う。まず,目の前に映画のスクリーンをイメージし,上司にひどく怒られている自分・・・などの悪い状況を映し出してみる。その状況を冷静に観察し,なぜ自分が困っているのか,上司はなぜ怒っているのかなどを分析する。その上で自分なりの改善点を考える。

 今度はスクリーンの中で,改善点を導入しながら,自分がうまく上司とコミュニケーションをとっている状況をイメージする。かつて成功したときのように,自信を持ってはきはきと的確に話し,上司を納得させているところを想像するのである。

 最後に,悪いイメージのスクリーンを意識的に遠くに追い出し(分離),良いイメージのスクリーンを自分の中に取り込んで完全に自分のものにしてしまう。こうすれば,実際に苦手な上司と会話するときもスムーズに話せるようになる。「分離」はテクニックであるから,最初はうまくいかなくても繰り返し練習することで効果を高めていくことができる。

 「苦手意識をなくせるかどうかは,結局,自分をどれだけ客観的に見られるかにかかっている。自分自身を内省し,考えや感情をコントロールする力がついてくれば,自ずとコミュニケーション力は高まる」と,梅本氏は話す。相手がいかに理不尽であるにせよ,苦手な理由を相手に求めている間は何も解決しないのだ。攻撃されている自分は“別の人”と思えるくらいに「分離」のスキルを高め,冷静さを保つことができれば,きっと新たな展開が見えてくるだろう。