サーバーの処理性能,ディスクの容量,ネットワークの通信帯域・・・。データセンターが備えるITインフラのリソースを,ユーザー企業にオンデマンド方式で提供するサービスが相次ぎ登場している。

 データセンターを運営する事業者が,ユーザー企業から情報システムのアプリケーションを預かり,データの処理量が増加して対応しきれなくなったら,サーバーの処理性能やディスクの容量などを「必要な分だけ」増強する(図1)。このようにリソースをオンデマンド方式で提供できる点が,単なるホスティング・サービスとは大きく違う。また,ASPサービスとは,ユーザーが開発したアプリケーションやカスタマイズを施したアプリケーションを利用できる点で異なっている。

図1●サーバーの性能やディスク容量をオンデマンドに提供するサービスが始まっている
図1●サーバーの処理性能やディスクの容量をオンデマンド方式で提供するサービスが始まっている
[画像のクリックで拡大表示]

 アプリケーションの世界ではすでに,SaaS(Software as a Service)に代表されるオンデマンド・サービスの動きが大きな注目を集めている。これに続いて,アプリケーションを動かすITインフラの世界でも,いよいよオンデマンドの流れが本格化してきたのだ。

リソース・オンデマンドの4つのメリット

 こうしたデータセンターの“リソース・オンデマンド”は,ユーザー企業にとって,大きく4つのメリットがある(図2)。

 まず,(1)新システムを構築する際に,ハードウエアの調達はもちろん,初期設定やチューニング,サイジングなどの作業に時間をとられずに済む,というメリットがある。これについて,リソース・オンデマンドのサービスを今秋から手がける新日鉄ソリューションズの大城卓ITエンジニアリング事業部長は,次のように説明する。「システム負荷のピークを想定して厳密にハードウエアを設計しようとすると,最低でも1カ月や2カ月は必要になる。オンデマンドでリソースを増強できるサービスを利用すれば,そういった作業を大幅に軽減できるので,ユーザー企業は業務アプリケーションの基本設計や詳細設計に専念することができる」。

 次に,(2)処理性能不足の不安がない,ことも大きなメリットだ。扱うデータ量が増えたために慌ててサーバーを追加購入したり入れ替えたりする,といったことが不要になる。言うまでもなく,(3)ハードウエアを資産として持たずに済む,というメリットもある。

 さらに,(4)システム構築時の初期投資を小さく抑えられる,ことも大きい。大企業が新たに基幹系システムを導入する場合,業務部門ごとやグループ会社ごとに順次新システムへ切り替える,というケースが多い。リソース・オンデマンドのサービスを利用すれば,まず一つの業務部門がシステムを利用するのに必要なリソースを割り当て,利用する部門やグループ会社が増えるにつれてリソースを増強していく,ということが可能だ。特に長い期間をかけて新システムに移行する場合は,コスト面で大きなメリットになる。

図2●オンデマンド・サービスを利用することで得られる4つのメリット
図2●リソース・オンデマンドのサービスを利用することで得られる4つのメリット

必要な分だけ処理性能を割り当てる

 一口にリソース・オンデマンドと言っても,各社のサービスの中身は,サーバー設備の構成や,オンデマンドで提供するリソースの種類,料金も含めた利用しやすさなど,様々である。1台のサーバー上で複数の仮想サーバーを動かし,個々の仮想サーバーをユーザー企業に貸し出すサービス,ブレード・サーバーを使うことでリソース・オンデマンドを実現するサービス,特定の業務アプリケーションに特化してリソース・オンデマンドを実現するサービス,などがある。

 それらの中で,リソース・オンデマンドの“完成形”に最も近いと言えるサービスが2つある。富士通が2006年6月に本格提供を開始した「オンデマンドアウトソーシングサービス」と,新日鉄ソリューションズが07年10月に開始予定の「absonne(アブソンヌ)」だ。

 富士通のオンデマンドアウトソーシングサービスは,群馬県館林市にある同社のデータセンター内に構築したハードウエア設備と監視システムを使って提供する。同社が富士通研究所と共同開発した仮想化技術を使い,1台のサーバー上で複数の仮想サーバーを動かし,それぞれでユーザー企業のシステムを稼働できるようにした。複数の仮想サーバーで共用できるストレージ装置を用意し,必要に応じて個々の仮想サーバーにディスク容量を割り当てられる。サーバー・マシンそのものは,障害に備えて冗長構成を採っている。

 これらの設備は,専任の監視チームが仮想化システム管理ソフト「SystemWalker Resource Cordinator」を使って運用する。「仮想サーバーの処理性能やディスク容量の変更は,最短で数時間前に連絡をもらうだけで実行できる」(富士通 アウトソーシングサービス推進部の伊井哲也部長)という。

 対象ユーザーは,キャンペーン用のWebサイトを短期間だけ運用したいという企業や,新システムを開発・テストしたいという企業が中心である。ここに来て,ERPパッケージを使った基幹系システムを,このサービスのITインフラを利用して運用するケースも出てきているという。

 実は,富士通がこのサービスの開始を公表したのは2003年12月のこと。仮想化技術を使ったサービスは初めてということもあり,本格的に手広くサービスを提供できる設備と体制が整うまでに時間がかかった,という。

サーバーの処理性能は無限大に

 新日鉄ソリューションズが10月に開始するabsonneは,さらにもう一歩進んだサービスだ。仮想化技術やグリッド技術を活用することで,ITインフラのリソース・オンデマンドの柔軟性をさらに高めた。「数年かけてグリッドを研究し,ノウハウを蓄積してきた。ようやくサービス化のメドがたった」と大城事業部長は話す。

 absonneの特徴は,複数のブレード・サーバーを1台のサーバーに見立てる仮想化技術を採用していることだ。富士通のサービスでは,1台のサーバー上で複数の仮想サーバーを動かす方式であるため,オンデマンドでリソースを提供するといっても限度がある。その点,absonneは,必要に応じて仮想サーバーに割り当てるブレードを増やす方式であるため,理論上は処理性能に限界がない。

 ストレージやネットワークを仮想化し,必要なディスク容量や通信帯域を割り当てる点は,富士通のサービスと同じである。「認証基盤やログを記録するシステムも,モジュール化して提供する」(大城事業部長)。

 もう一つ特徴的なのは,リソースの最適化をある程度自動化していることだ。例えば,仮想サーバーの処理負荷が80%を超えたら,処理性能の割り当てを自動的に増やす,といったことが可能である。

 ただし,負荷が大きく変動する場合でもサービス・レベルを一定水準に保つためには,どのようなルールに従って処理性能や通信帯域を調整すればよいかを決めるのが難しいという。「absonneを使って動かすシステムについては,その特性を熟知している必要がある」(大城事業部長)。そのため当面は,新日鉄ソリューションズが自ら開発を請け負ったシステムだけを,リソース・オンデマンドの対象にする方針である。

 富士通や新日鉄ソリューションズと同様,仮想化やグリッドの技術を使ってリソース・オンデマンドを実現するサービスでも,特定の用途やアプリケーションに特化することで,手軽に利用できるようにしたものがある。それが「VPS(仮想プライベート・サーバー)サービス」だ。次回から2回にわたって,VPSサービスの中身や具体例を見ていく。