ネット利用の一般化、低年齢化とともに、ネットワークを利用する犯罪が急増している。2006年の検挙件数は3593件と、前年比で30%近く増加した。子どもがネットワーク犯罪に巻き込まれるケースも確実に増えている。ネット活用が当たり前になるなかで、どのように身を守ればよいのか――。ワンクリック詐欺に対する訴訟で、画期的な判決を引き出した桜丘法律事務所の桜井光政所長に、ネット犯罪に対する賢い備え方を聞いた。

デジタルARENAより転載)

ちゃんとした法律教育が子どもを犯罪から守ってくれる

最近、子どもたちまで標的にしたネット犯罪が広がっているようですが?

「ルールを厳しく言い過ぎると、被害に遭った子どもたちがだれにも相談できなくなってしまう」と桜井光政弁護士

桜井氏:わたしのところへの相談を見ていると、年配の人も結構多いですけれども、未成年の人も多いですね。未成年の場合は、相談があるのはまだいいほうで、弁護士なんかに聞くのも気が引けて、なかなか相談できないんじゃないかと思います。ネットゲームに関連した詐欺も出てきていますから、結構泣き寝入りしている子どもがいるんじゃないでしょうか。もっとも、学校の先生自体が、そういうときに弁護士に相談しようという気持ちがあまりないですね。

いまや、小学校でもIT教育が盛んになっています。半面、セキュリティ対策というか、子どもたちを危険から守るための指導が不十分だという声もあります。

桜井氏:プライバシーの問題を含めて、もっとちゃんと教えないと、容易に犯罪に利用されてしまいます。子どもたちに、危険性をきちんと伝えないとダメですね。その一方で、子どもがオトナの決めたルールを守れなかったとき、それ以上失敗しないようにしないといけない。たとえば、「こういうサイトにアクセスしたらダメだ」ということばかり厳しく言っていたら、アクセスした子どもは、誰にも相談できなくなってしまいます。

教育の現場で、子どもたちにどのように接すればよいのでしょうか?

桜井氏:「ルールを守ろう」とか「みんなで廊下を走らない」とか、そういうことも必要でしょうけれども、もっと実用的というか、どうやって法律を使って身を守るとかですね、そういうことをちゃんと理解させないと。もっと基本的な消費者の知識とか、そういうことを教えるべきだと思いますね。

実際にワンクリック詐欺に遭われて、訴訟を起こされたわけですが、どのような経過だったのでしょうか?

桜井氏:わたしの場合は、事務所で仕事をしていて、夜8時くらいに一息ついてメールのチェックをしていたんです。いつもは、仕事と関係のないスパムメールの類はみんな削除するんですけれども、ふと「こういうものってなんだろう」と思ったんですね。それで、たまたま新しいウイルス対策ソフトを入れたばかりだったということもあり、多少のことは平気だろうと開けてみた。まあ、流れてくるゴミを突っつくような感じですね。それでなにが出てくるのかとクリックしていくと、一瞬画面が暗くなって、次にドカーンと「ご利用は3万9000円」と。画面が暗くなったときには、文字がザーッと流れていくような感じでした。それが2、3秒続いたあと、パッと小さく「個人情報取得完了」というような文字が、これ見よがしですけれども、自動的にそうなりましたという感じで2、3秒の間点滅して請求画面が出てきた。あとでアニメだと教わりましたけれども、なにかウイルスなりスパイウエアなりが入って、パソコンからザーッと情報をさらっていくような印象を受けました。あなたの情報をこうやって取得しているぞという雰囲気なんです。

ワンクリック詐欺の手口については、当時からご存知でしたか?

桜井氏:そういうことがあるのは知っていましたけれども、ワンクリック詐欺といっても、よく注意すればノーティスが書いてあって、それを見落としてクリックしてしまうのが普通だろうと思っていました。……詐欺って言うのは、褒めるわけではないですが、もうちょっと知的で、すごく面白い騙しがいっぱいあるんです。ところが、これは暴力的で面白みも何もない。「本当にワンクリックだったな」というのが印象です。

 とにかく、仕事で使っているのにそんな風にされて、情報が外に筒抜けになっちゃう、あるいは定期的に中の情報を外に送るような状態になっていたら、これは使えないと思ったわけです。同時に、居丈高な脅し文句にも腹が立ちました。

「3万9000円」という金額は微妙ですよね。高校生や中学生でも、払えなくはない金額ですよね。

桜井氏:その辺が嫌なところです。バイトをして払う子もいれば、恐喝など悪事に走る子もいると思います。もちろん、オトナだって引っ掛かっている人はいます。ご丁寧に、「社内からのアクセスは、懲戒解雇や減俸になることがあるので、本サイトにアクセスの際には就業規則に抵触しないようにご注意ください」なんて書いてあるんですよ。そう言われるとドキッとするわけですよね。実際、金融機関にお勤めの方が、青ざめて来たことがあります。おそらく、警察なんかに相談すれば、「相手にしなければいい」というアドバイスを受けるんでしょうけれども。

 気をつけないといけないのは、なにかの形でこちらの情報を与えてしまうと、次から次にいろんな請求が来ることになるんですね。例えば、「わたしはクリックした覚えがないので、手違いだと思うので取り消してください」なんて、慌ててメールを送ったりする人がいる。そうすると、相手にとっては、初めてコミュニケーションが取れるわけです。

あえて訴訟を起こして損害賠償請求された理由はどこにあるのでしょうか? このくらいの金額ですと、普通の人は、手間隙かけて戦おうとは思いませんよね。

桜井氏:明らかに、子どもをターゲットにしようという意図が感じられたからです。ノウハウなんかも、なかなかないだろうなと思いましたので、自分でやるしかないと考えました。自分でやって違法性などをアピールすることで、警察なども動きやすくなるはずだという考えもありました。

 これは詐欺の実行の着手ですから。「お金を払わなければいい」って言うだけで、誰も動かないなら、相手はやり続けますよね。だって犯罪者にとってリスクがないですから。罰金を払わされたり、懲役に行かされたりということがあるから、そこでちょっと踏みとどまろうと思う。そういうリスクがなくて、最悪の場合でも、お金が入ってこないだけ。手間がかかりませんから、パソコンを使ってランダムに送りまくって、100人に1人でも、1000人に1人でも引っ掛かれば大変な儲けになるわけです。

訴訟の経過を具体的に教えていただけますか?

桜井氏:相手側の口座が書いてあったので、これを元に相手を突き止めようと考えました。実際にサイトを運営しているのか、通帳を売っただけなのかはわかりませんけれども、辿っていけば実行犯にたどり着くはずだと。そこで、まず口座の仮押さえをしました。同時に、本裁判を起こしたわけです。裁判の場合、当事者の特定は普通は住所と名前で行うのですが、幸い振り込め詐欺かなにかについて、住所がなくても口座情報があれば特定できるという判例があったのを思い出しまして、裁判所に「銀行に対して照会して住所を特定してほしい、銀行が紹介に応じない場合でも、特定できたのと同様に扱ってほしい」と上申書を書きました。最終的に相手の身元も特定でき、裁判の結果、30万円の損害賠償請求が認められました。

裁判の過程で、ポイントになったのはどこでしょう?

桜井氏:どこが争点になったかというと、ノーティスの有無です。相手は画面上でノーティスをしたと主張して証拠を出してきました。「本サイトはアダルトにより有料コンテンツを含みます。だから、同意したうえで入ってください」というものです。これをクリックしたから、請求画面が出てきたというのが先方の主張です。

ワンクリック請求は不当であると認め、業者に対し損害賠償を求めた判決文

 まず、消費者契約法において契約の成立という意味では、仮にこのノーティスがあっても契約は成立しません。つまり、契約は成立しておらず支払わなくてよいということです。ただ、わたしが訴訟を起こしたのは、契約の成立を争うだけではなくて、不法行為だということを明確にしたかった。もし、ノーティスがあったのなら、慰謝料までは請求できない可能性が高くなる。それで相手方は「証拠」を出してきたのだと思います。ところが見ればわかりますが取って付けたような感じでなんですよ。最終的に、裁判所がどういう判断を下したかというと、これは、やっぱり後付けだと。と言うのは、お金を払えという画面が、「こういう個人情報を取得したので、あなたの住所なんかは調べれば分かる」というようなことが書いてあって、非常に威圧的なんです。でも、本当にこちらの承諾を得て進めているのであれば、脅す必要がない。つまり、承諾を得ず、いきなり出すものであるからこそ脅し文句が必要だと。この裁判所の判断は素晴らしいなと思いました。