日本における情報セキュリティの第一人者である情報セキュリティ大学院大学教授の内田勝也先生。先生曰く「技術対策だけで、有害サイトや有害メールから子どもを守ることはできない」という。それでは、パソコンやモバイル機器を駆使してネット世界を回遊する子どもたちに対し、親たちはどのように対応すればよいのだろうか。ネット時代における親の役割について、内田先生に話を聞いた。

デジタルARENAより転載)

インターネットで起きていることは、特別な世界の出来事ではない

高校生はもちろん、中学生や小学生がパソコンやケータイでインターネットを利用するのが当たり前の時代がやってきました。自分の子どもがワンクリック詐欺や出会い系サイト、あるいは掲示板でのいじめなどのトラブルに巻き込まれないか、不安に感じている親は多いと思います。

「トラブルが起きたら、すぐに子どもが親へ相談できる関係を普段から築き上げていくことがポイント」と語る内田先生

内田氏:インターネットの特徴の一つとして、リアルな世界と比べて善悪や危険についての判断が難しいということがあります。

 リアルな世界での例ですが、有名デパートで5万円のバッグを買ったとします。そのバッグが本当に満足できる品質であるかどうかは、実際に使ってみないとわかりませんが、有名デパートで売られていたものであることだし、ほぼ「信用できる」と判断してもいいでしょう。でも似たようなバッグが、飲み屋や風俗店が並んでいるような繁華街の裏路地で売られていたらどうか。そのバッグを5万円で買うことにかなりのリスクが伴うのは、誰の目にも明らかです。リアルな世界だと、善悪や危険についての判断が比較的つきやすいのです。

 ところがインターネットの場合だと、有名デパートのすぐ隣に、怪しげな商品を売っている露店がお店を開いているような状態です。その店が信用できるかどうかの判断がつきにくいために、大人ですらネットショッピングやネットオークションの詐欺に遭う人が後を絶ちません。ましてや子どもの場合、適切な判断ができず、トラブルに巻き込まれる危険性はさらに高いといえるでしょうね。

確かにホワイトゾーンとブラックゾーンが並存しており、気がつかないうちにブラックゾーンに入り込んでしまっているかも知れないのが、インターネットの怖いところです。

内田氏:しかしだからといってインターネット上でのトラブルを「特別な世界で起きていること」と考える必要はありません。詐欺にせよ、いじめの問題にせよ、ネットの世界で起きていることは、リアルな世界でも起きていることです。リアルな世界での対処法を知っていれば、インターネットの世界でトラブルに巻き込まれたとしても、十分に対応できるはずです。

 例えば数年前に「Rhマイナスの血液を探している病院がある」というチェーンメールが出回ったことがありましたね。このメールに騙された人は意外に多かったのですが、しかしちょっと考えれば「これはチェーンメールだな」とわかります。もしその病院が本当にある特定の血液を探しているのなら、メールで呼びかけなど行わないはずです。メールを読んだ人がいっせいに病院に電話をかけてきたら、その病院はパニック状態に陥り、診療が滞ってしまいますからね。これもリアルな世界での一般常識を持っている人であれば、騙されないで済んだはずです。

そうすると子どもがインターネットの世界で的確な判断ができるようになるために、親が子どもにすべきこととしては何が大切になるのでしょうか。

内田氏:親の中には、「自分はパソコンやネットのことはよくわからないから、子どもには何も言えない」と考えている方も多いようです。確かにパソコンやケータイの操作に関していえば、親よりも子どものほうがはるかに知識を持っているケースは珍しくありません。しかし、善悪や危険の判断では、完璧ではないにせよ、親のほうに一日の長があるはずです。

 親世代を対象にしたパソコン講習会などでも、操作ばかりを教えて内容への対処には触れないケースがまだあります。それでは不充分だと言わざるを得ません。内容を吟味し判断できる能力を養うことこそ、親側が持つべきリテラシーだといえるでしょう。

親にとってはパソコンのスキルよりも、社会常識にてらした判断力が必要ということですね。

内田氏:その通りです。子どもをネット・トラブルから守るためには、親がリアルな世界で培ってきた善悪や危険についての判断力、対処法を、折に触れ子どもにきちんと伝えることが大切だと思いますね。そのためには、何かトラブルが起きたらすぐに親に相談できる関係を普段から築き上げていくことが、子どもがネット・トラブルで深みにはまらないためのポイントになると思います。パソコンやネットの存在を、家族の会話を増やすきっかけにすればよいのではないでしょうか。