近年,システム開発のプロジェクトマネジメントについての関心が高まっており,プロジェクトマネジメントに関する資格を取る人も増えています。しかし,そのために「システム開発の失敗事例が減ってきた」という話はあまり聞きません。

 システム開発プロジェクトは,建築やプラント建設,船や工作物などの機械組み立てのプロジェクトと比べて,失敗事例があまりにも多く,納期どおりに完成する例は多くありません。実際,日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の「ユーザ企業IT動向調査 2006」でも,500人月以上の大規模プロジェクトでは相変わらず5割近くで工期遅れ,4割近くで予算超過が発生しています。スケジュールが遅れ,その結果としてコストが増加することが当然と受け取られています(図1)。

図1●プロジェクトは基本的に成功するもの
図1●プロジェクトは基本的に成功するもの
プロジェクトは,プロジェクト・マネジャーがしっかりと顧客とメンバーを把握して,品質(Q),コスト(C),納期(D)をマネジメントすれば,当初の計画通りに完成する

 このような状況に対して,システム開発に携わるエンジニアの間では,「システムは特別」という暗黙の了解があるように思います。その理由として,「技術革新が早く導入してもすぐに技術が陳腐化していく」とか,「最新技術を吸収するだけで大変である」とか,「システム開発の過程が目に見えないので進ちょくが正確にわからない」とか,「仕様の変更はプログラムの修正だけで済むので後から簡単に変更できる。このため仕様がなかなか決まらない」などが,よく挙げられます(図2)。

図2●なぜ,多くのシステム開発プロジェクトは失敗するのか
図2●なぜ,多くのシステム開発プロジェクトは失敗するのか

 筆者は,1970年代の後半から80年代の後半にかけて,国内や海外のプラント建設の現場でプロジェクトマネジメントに携わった後,90年代には日本企業の戦略立案や業務改革に経営コンサルタントとして携わってきました。90年代の後半からは,SAPに代表されるERP(Enterprise Resource Planning)導入プロジェクトなどのシステム開発プロジェクトに,プロジェクト・マネジャーを支援するアドバイザーやコンサルタントとしてかかわるようになりました。その後,システム開発のプロジェクトマネジメントを支援する会社を設立し,現在に至っています。

 大学を出て最初の10年間はプラント建設のプロジェクトマネジメントに従事し,直近の10年間はシステム開発のプロジェクトマネジメントに従事してきた筆者から見ると,否応なく両者の違いが目に付きます。両方のプロジェクトマネジメントに携わった筆者から見ると,システム開発のプロジェクトマネジメントでは,「あれっ?」と思うようなことにしばしば出会うのです。

難しい“改造プロジェクト”

 システム開発は,そのほとんどが既存の業務・システムを新しい業務・システムに置き換える“改造プロジェクト”です。既に行われている業務の中で,システムを開発することを要求されます。現状の仕組みの残すところは残し,新しいシステムに合わせるところは合わせて,新システムを導入します。

 この“改造プロジェクト”は,実はプロジェクトマネジメントの中でも大変難しいものです。

 筆者はかつて,既存設備を改造するプラント建設プロジェクトで大失敗をしたことがあります。ある製油所の既存設備を最新のデジタル式に置き換える改造工事で,およそ20億円の契約でした。プラントのプロジェクトとしては小規模です。それまで,システム部でFORTRANやアセンブラを書いていた筆者が,プロジェクトマネジメントにかかわった初めてのプロジェクトでした。

 1年半かけて設計から施工と進みましたが,最後の1週間で約10万本のケーブルを新しい設備につなぎ換える工事が予定通りに終わらない,という大失態を演じました。おまけにボイラーが爆発してしまいました。

 システム開発にたとえれば,基幹系システムを新システムに置き換えるプロジェクトで,最後の移行段階で火を噴いたようなものです。この失敗を反省して,筆者が勤めていたエンジニアリング会社は,それまで別々だった設計部と工事部を,設計工事部という同じ組織にしました。それまで設計部のエンジニアは「更地での建設」を前提に設計しており,既存設備内での建設や移行の大変さを設計に反映する経験を積んでいませんでした。設計部と工事部のコミュニケーションを良くすることによって,この溝を埋めようとしたのです。

 時代は変わって90年代の後半,筆者が最初にプロジェクト・マネジャーとして携わったシステム開発プロジェクトも大失敗しました。約10億円のSFA(Sales Force Automation)システム導入プロジェクトで,「明日から営業担当者が新端末を携行して営業に行く」という時に,システムが動きませんでした。問題があるのは分かっていましたが,何とか綱渡りで稼働に持ち込もうとして,失敗してしまったのです。

 プラント建設とシステム開発のプロジェクトマネジメントのデビューはどちらも失敗でしたが,その後は,どちらの分野でも失敗はしていません。ただしプラント建設は,最初の失敗の後は「更地に建設する」新設プロジェクトばかりで,改造プロジェクトに携わることはありませんでした。一方,システム開発は,基本的に改造プロジェクトばかりです。