NGNにおいてパケットの転送機能を提供するのがトランスポート・ストラタムだ。単に高い転送能力を持つだけでなく,QoSなど幅広い制御機能を用意する必要がある。また,これらの機能を使いこなすための管理機能も重要である。

 NGNの目的はIP技術をベースとし,信頼性に優れた情報サービス環境を提供するためのネットワーク基盤を提供すること。その底辺にあり,NGN上に構築されるプラットフォームやアプリケーションを支える役割を担うのがトランスポート・ストラタムである。

 NGN全体のアーキテクチャを規定するITU-T勧告Y.2012の中で,トランスポート・ストラタムおよびトランスポート関連のマネジメント機能の位置付けを図1に示した。

図1●NGNのアーキテクチャ概要
図1●NGNのアーキテクチャ概要
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情報ニーズを支える重要インフラ

 まずは次世代ネットワークを支えるトランスポート技術に要求される条件を整理しておこう。

 第1に増え続ける情報流通ニーズを支えること。インターネットに流れるトラフィックは,年率2倍で伸び続けている。コンテンツ自体,10年前はテキスト中心だったのが,Webの発展とともに急速に静止画像の利用が広がった。さらに,ここ数年でデジカメの解像度が急上昇し高精細な静止画も頻繁にやり取りされるようになった。またポッドキャスティングなど音声・音楽のデータもいまや当たり前である。さらにこの1年で様々な動画のコンテンツが爆発的に普及した。

 これからユビキタス社会の到来により情報流通がますます盛んになることなどを考えると,アクセス網,コア網ともにネットワークに流れるデータの大容量化はとどまるところを知らない。また無線アクセスのための電波資源の有効活用も必須であろう。

 第2に社会インフラとしての責任を果たすこと。ネットワークが人間の生活に浸透すればするほど,その責任は重くなる。「止まらない」ことはもとより,脅威に対する堅固さが求められるようになる。例えば,障害や悪意(詐欺やなりすまし,DoS,迷惑メール)に対する防御策や,統一的なポリシーに基づく復旧能力を持つ必要がある。さらに,将来は広域災害時にも最低限の機能・性能を維持させながら迅速に復旧する手段を備えておくことが望まれる。

能力拡張と運用の簡易化が必要

 これらを満足するには,以下の二つの方向で技術を磨く必要がある。

 一つは接続能力を拡張すること。容量の拡大,移動体の収容,接続対象(家電やモノ)の拡張などが必要になる。もう一つは運用を簡易にすること。ネットワークの状態を可視化し,観察した結果を分析し,必要ならば安定した運用のために制御する。将来は,運用管理のリソース割り当てを自動化したり自律化する技術も必要になるだろう。

 接続能力の拡張はいつでも,どこでも,何にでもつながることを目指している。これはネットワークの基本的な価値の追求にほかならない。運用の簡易化は,ネットワークの状況を的確に認識し,利用者や運用者に複雑な操作を要求しないことを目指している。トランスポート・ストラタムは接続能力を追求する技術を,また,マネジメント機能は運用管理の簡易化の方向で進化する技術を取り込むことで,それら自身が進化していくと考えられる。

 この両方向で進化している技術の例としては,GMPLS(generalized multiprotocol label switching)が挙げられる。GMPLSは光信号の波長ごとに通信経路を制御する技術。経路の制御にはIPの経路制御技術としてIP-VPNで広く使われているMPLSを応用し,ルーティングの情報から自動的に波長のパスを張る。これはNGNのトランスポートの技術の一つとして期待できる。

 GMPLS技術が浸透していけば,帯域や特性が異なる光波長パス,SDHパス,パケット・ベースのパスなどを用途に応じて設定でき,性質の異なるパスを一元的に管理できるようになる。勧告Y.2011では,GMPLSを使うことにより単一のシグナリング・プロトコルで複数レイヤーを自動的に設定できるようになることが示唆されている。これは運用管理の簡易化を追求した技術の具現化の典型といえる(図2)。

図2●技術の進化と管理の簡易化を両立させる代表的技術GMPLS
図2●技術の進化と管理の簡易化を両立させる代表的技術GMPLS
光の波長でルーティングすることで高速かつ柔軟な経路設定が可能。

トランスポート・ストラタムの実際

 NGNのトランスポート・ストラタムは実際に情報を転送するトランスポート機能群とこれらを制御するトランスポート制御機能群に分けられる。

 トランスポート機能は,物理的に離れた機能要素を結び,情報を転送する。ここでいう情報とは,ユーザーが要求したメディア情報だけに限らず,制御・管理用の情報も含まれる。図3にトランスポート機能群の機能要素とその主な役割を示した。トランスポート機能では,大きく以下のような機能が必要になる。

図3●NGNのトランスポート・ストラタムにおける各機能要素とその関係
図3●NGNのトランスポート・ストラタムにおける各機能要素とその関係
一つのブロックが一つの機能要素に相当する。RACF,NACFなどトランスポートの制御部分は省いてある。
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(1)アクセス網機能:エンドユーザーの網へのアクセスをサポートし,そのトラフィックを束ねてコア・トランスポート網へ送る。アクセス網には,CATV,xDSL(digital subscriber line),無線,光ファイバなどがある。図3のアクセス・ノードやアクセス・トランスポート・ファンクションなどが対応する。

(2)エッジ機能:アクセス網からくるトラフィックをコア・トランスポート網に統合して転送する際に,(5)のメディア処理や,QoS制御のためのマーキングやポリシングなどのトラフィック処理を行う。図3のエッジ・ノードが対応する。

(3)コア・トランスポート機能:コア網のパケットを転送し,QoSの処理を実行する。図3のコア・トランスポート・ファンクションが対応する。

 QoSのメカニズムとしてはキューイング,スケジューリング,トラフィック識別とマーキング,ポリシング,シェービング,フィルタリングなどがある。

 ここでマーキングとは,そのパケットをどのように扱うかを示すために(金,銀,銅などの)優先度を表すマークをつけることを指す。例えばバッファに蓄積された順番待ちパケットのマークが「金」ならば優先的に読み出されるが,「銅」ならば「金」「銀」のパケットがすべて処理された後に読み出される,というような優先制御に使われる。

(4)ゲートウエイ機能:コア・トランスポートを中心に,端末や企業網などエンドユーザー機能群との相互接続や,他事業者のNGNや既存の電話網/ISDN,インターネットなど他の網との接続を行う。図3のアクセス・ボーダー・ゲートウエイ,相互接続ボーダー・ゲートウエイ,トランク・メディア・ゲートウエイが対応する。

(5)メディア処理機能:トーン信号生成や符号変換などのメディア処理を提供する。図3のメディア・リソース処理,アクセス・メディア・ゲートウエイなどが対応する。

野島 聡(のじま・さとし)
富士通研究所ネットワークシステム研究所 所長代理
1978年,早稲田大学電子通信学科修士課程修了。同年富士通研究所入社。マルチメディアパケット通信技術の研究開発に従事。1994年よりパケット通信技術,パケット・スイッチング技術の研究に従事。2006年6月より現職。