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 第1回と第2回で説明したFLASH-OFDM技術は,5MHzまでの帯域幅に最適化されている。クアルコムは同技術にこれまで培ったCDMA技術のノウハウを注入し,20MHzまでの帯域幅で通信する広帯域移動無線技術を開発した。

 MAN(metropolitan area network)やWAN向けの移動体サービスは今,広帯域への需要が高まっている(図1)。無線LANでは情報家電の要求条件を満たせる最大600Mビット/秒超のベースライン仕様「IEEE802.11n」が承認され,最終仕様に向けた議論が進んでいる。固定無線通信の分野では「IEEE802.16」が標準化され,そこにモビリティを追加している。

図1●広帯域移動無線方式の展望
図1●広帯域移動無線方式の展望
無線LANではIEEE802.11nの標準化が進んでいる。IEEE802.20は3GPPや3GPP2の次世代仕様と同じ高速移動広帯域システムに分類される。[画像のクリックで拡大表示]

 移動体通信を標準化するIEEE802.20は,現行の第3世代携帯電話(3G)システムをしのぐ性能を持つ「高速移動広帯域システム」の提案を2005年9月に募集した。3GPPでは「LTE」(Long Term Evolution)を検討中。3GPP2は次世代方式「3GPP2 Evolution Phase-2」の提案募集を2006年3月に締め切り,2007年4月に仕様を完成させた。IEEE802.20では2007年3月以降,この3GPP2仕様との統合を進めている。

 次世代方式には,アプリケーションに応じた広範なセル・エリア,周波数利用効率を向上させる技術,帯域保証と低遅延保証を可能にするQoS技術--が必要とされる。さらに移動体では,新幹線を超える速度で移動中の乗り物から高速伝送できる技術が必要だ。

クアルコム発の2方式がIEEEで承認

 クアルコムは2005年10月に「QTDD」と「QFDD」と呼ぶ二つの広帯域移動無線方式をIEEE802.20に提案し,2006年1月にベースライン仕様として承認された。この方式は3Gの伝送速度と周波数利用効率を上回り,端末が時速250kmを超える速度でも接続を維持するだけでなく,高い周波数利用効率を備え,新しい高速広帯域データ伝送のニーズに対応できる無線方式として開発された。

 IEEE802.20で承認された方式には,クアルコムと京セラの提案を合わせた「MBTDD」(mobile broadband time division duplex)と,クアルコム単独提案方式である「MBFDD」(mobile broadband frequency division duplex)がある。

 MBTDDは,クアルコムの提案に基づく「MBTDD-Wideband」(MBTDD-W)モードと,京セラの提案に基づく「MBTDD-625kMCモード」(「iBurst」の性能を向上させた方式)で構成する。いずれも,総務省の「広帯域移動無線アクセスシステム委員会」で2006年12月に一部答申が出された,2.5GHz帯高速無線ブロードバンドの方式として承認されている。なお,MBTDD-WとMBFDDはデュプレックス方式がTDDとFDDである点を除き同じである。

高い周波数利用効率と伝送速度

 クアルコムのMBTDD-WとMBFDDの仕様はIEEE802.20の要求条件に沿うように開発された。表1表2に,IEEE802.20要求条件に対するMBTDD-WとMBFDDの性能整合性と,MBTDD-Wの平均/最大スループットと周波数利用効率を示した。

表1●IEEE802.20の主な要求条件とMBTDD-WとMBFDDの性能
表1●IEEE802.20の主な要求条件とMBTDD-WとMBFDDの性能
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表2●MBTDD Wideband モードの平均/最大スループットと周波数利用効率
表2●MBTDD Wideband モードの平均/最大スループットと周波数利用効率
スループットは10MHz幅のもの。[ ]内は周波数利用効率。[画像のクリックで拡大表示]

 IEEE802.20の評価基準はITU-Rの規定文書を基に,19セル(3セクター)での干渉条件と現実の使用環境に即したチャネル・モデルをベースに定められた。多くの3Gシステムの実フィールド性能を正確に評価してきたものと同じである。この条件で求められたセクター当たり平均周波数利用効率はSISO(single-input single-output,1×2や1×4)でも,時速3kmで移動中に1.1ビット/秒/Hzを超え,MIMO(multiple-input multiple-output,4×4)の適用により2ビット/秒/Hzを超える。時速120kmで移動中でも2ビット/秒/Hzに近い性能を維持する。

 図2に異なるチャネル・モデルにおけるC/I変動に伴うMBTDD-Wの周波数利用効率の変化を示した。MBTDDも同等の特性を持ち,周波数利用効率は端末の移動速度上昇に伴い緩やかに減少するが,時速250kmでも十分高い効率を維持している。帯域当たりの伝送速度は,下りリンク(FL:forward link)と上りリンク(RL:reverse link)の時間割合が1:1の場合,MBFDDはMBTDD-Wの2倍。最大スループットはMBTDD-Wで130Mbps/20MHz,MBFDDで260Mbps/20MHzを超える。

図2●MBTDD-Wの高速移動特性
図2●MBTDD-Wの高速移動特性
高速移動時に変動する上りリンクと下りリンクの周波数利用効率を示した。[画像のクリックで拡大表示]

MIMOを適用した周波数ホッピング

 MBTDD-WとMBFDDは物理レイヤーに,周波数ホッピングを使ったOFDMAを採用。H-ARQの効率的な運用により,無線区間の再送遅延時間を7.3ミリ秒に抑えている。

 MBTDD-WとMBFDDはともに5M/10M/20MHzを基本帯域幅とするが,5MHzから20MHzの範囲で自由に帯域幅を設定できる。この帯域幅において1.25MHz前後を単位として,チャネル品質管理や周波数繰り返し,パワー・コントロールなどの干渉制御を実行する。

 周波数ホッピングは,シンボルレート・ホッピング(DRCH:distributed resource channel)とブロック・ホッピング(BRCH:block resource channel)という二つのモードを持つ(図3)。DRCHはシンボル単位で帯域にわたりホッピングさせる。

図3●シンボルレート・ホッピング(DRCH)とブロック・ホッピング(BRCH)のリソース割当例
図3●シンボルレート・ホッピング(DRCH)とブロック・ホッピング(BRCH)のリソース割当例

 一方,BRCHは8個の連続したOFDMシンボルと16の連続したサブキャリアを一つのブロックとし,帯域にわたりホッピングする。BRCHは複数のアンテナを持つアンテナ(AT)とアクセス・ポイント(AP)との間でチャネル推定ができ,固有チャネル制御方式のMIMOSDMAなどを用いた最適な干渉の制御が可能で,非常に高い利得を確保できる。DRCHとBRCHのシンボルはそれぞれ異なるホッピングのブロックに割り当てたり,DRCHをBRCHのブロックに共存させたりして運用できる。

石田 和人(いしだ・かずひと)
クアルコムジャパン 標準化担当部長
1985年,電気通信大学電気通信学部電波通信学科卒業後,日立製作所で光伝送装置とCDMAシステムの開発と標準化に従事。2001年からクアルコムジャパンでCDMAとIEEE系無線システムの標準化を担当し,現在に至る。