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上りリンク制御にCDMA技術を応用

 上りリンクの制御信号はCDMAで多重化。連続した128のOFDMAサブキャリアのブロック(約1.25MHz)に変換した後,全帯域にわたってホッピングしてから送信する。このサブキャリア・ブロックを「CDMAセグメント」と呼び,上りリンクのパイロット信号や周波数再利用サブキャリアの設定,空間分割の設定,パケット構成,MIMO伝送パラメータ設定--などのチャネル品質情報メッセージを含む重要な信号を伝送する。

 上りリンクは送信信号の干渉制御が容易ではなく,端末送信電力も限られる。このためAT~AP間の接続を維持し,下りリンクの送信信号を制御する上りリンクの制御信号には,慎重な利得設定が必要になる。

 このCDMAセグメントは,符号多重によって各制御信号を最大1024のウォルシュ符号で統計多重。限られた無線リソースの中で制御チャネルの容量を確保し,干渉に強い制御チャネル波形を生成する。さらに上りリンクのセル・エリアの拡大と伝送速度向上に大きく寄与している。

 CDMAセグメントはデータ送信可能な状態にあるセクターにわたり,ATから同期して周波数ホッピングして送信されている。APは全ATの通信品質を監視し,周波数繰り返し方法やSDMAなど送信パラメータを設定できる。この利点としては,(1)干渉に強い制御チャネル伝送が可能,(2)制御チャネル容量向上,(3)高速なハンドオフ--などがある。

実証技術を基にプロトコルを設計

 IEEE802.20のシステム要求の基本要素は,3Gシステムや他の先進的無線システムと多くの部分で共通している。例えば端末通信状態の管理や維持,ハンドオフなどの移動無線ネットワーク管理と制御,VoIPや動画伝送に必要となる低遅延保証伝送や帯域保証伝送のためのQoS制御,パケット信頼性確保,ATアドレス管理とセッション維持管理--などである。MBTDD-W/MBFDDのレイヤー構成と対応するプロトコル機能,既存実証技術との対応を図1に示した。

図1●実証された技術を基礎としたプロトコル構成を取るIEEE802.20
図1●実証された技術を基礎としたプロトコル構成を取るIEEE802.20
MACレイヤー,物理レイヤーともに既に実証された技術によるプロトコルを採用している。[画像のクリックで拡大表示]

 物理レイヤーのOFDMA周波数ホッピング技術や高速移動対応技術は,FLASH-OFDMで実証されたものと共通のコア技術を使っている。MediaFLOや1xEV-DOが採用したOFDMブロードキャスト方式で実証されたOFDM技術もこの設計の基礎となっている。固有チャネル制御を用いるMIMO技術はIEEE802.11nのベースライン仕様に採択されたビームフォーミング技術を基礎としている。

 MACレイヤーでは,OFDMA無線リソースの割り当てや干渉制御でFLASH-OFDMと共通のコア技術を使う。それ以外のプロトコルの多くはCDMA 1xEV-DO Rev.A で使われる3GPP2標準プロトコルの設計思想を基に設計されている。

 さらに端末の無線呼出し(ページング)があったときだけ,対象となるATを起動することで,ATの電力消費を減らし,待ち受け時間を大幅に増やす「クイック・ページング」(quick paging)機能も導入した。同機能はCDMA 1xが採用しており,既に実績がある。

 これらの基本プロトコルの上に,広帯域でQoSを効率的に制御するIP伝送プロトコルが構築されている。

 MBTDD-WとMBFDDは,実証されたプロトコルをベースとすることで,IEEE 802.20が要求する高い移動体サービスの仕様を確実に満たせる。今後予定されているフィールドでの性能検証のプロセスを短縮できるものと予測される。通信事業者や機器ベンダーは,ATとAPの設計や無線ネットワーク設計,相互接続性検証などにかかる開発期間を大幅に短縮することで投資を抑制できる。その分,アプリケーションやサービスの開発と品質向上に投資することが可能になる。

性能データの信頼性に強み

 他の技術と比較したIEEE802.20技術の強みは,その仕様を議論する際の性能データの信頼性にある。性能データは,ITU-Rで規定された評価仕様を基にIEEE802.20要求に沿うべく詳細に規定され,さらに3Gで使われてきた方法によって定量的に評価されている。つまり,評価データと同じ性能を一般ユーザーが享受できるということだ。

 2006年1月18日には,IEEE802.20ベースライン仕様が承認された。この時点で,移動体としてサービスできるプロトコルを完備しているかどうかは,技術の迅速な商用化展開を検討する上で重要ポイントになる。MBTDD-WとMBFDDは高速移動にも適した広帯域サービスを実現するため,実証された技術を高いレベルで一つに統合して最適化した。

2009年前半の商用化を目指す

 IEEE802.20の標準化は紆余曲折があり,当初の予定よりも遅れて2007年12月の完成を目指している。2005年秋のシステム提案募集の後,IEEE802.16を推進する企業が中心となって標準化プロセスに対して異議を申し立てたのだ。ドラフト標準仕様は2回のレター・バロット(IEEE802.20ワーキング・グループ仕様審査承認)を終了し,スポンサ・バロット(IEEEの最終仕様審査承認)直前のほぼ完成に近い状態だったにもかかわらず,IEEE802委員会からの指示で2006年6月に活動の一時休止を余儀なくされた。

 その後,2006年11月に新たな議長団で活動を再開。2007年1月に仕様提案の追加募集を行った。3月に米モト ローラが3GPP2 UMB-FDD(ultra mobile broadband - FDD)ベースのシステムを,韓国のサムスンとLG電子がその要素技術を提出した。IEEE802.20では従来のドラフト標準仕様にこれらの新提案を統合し,新たなドラフト仕様の作成を進めている。

 一方,3GPP2でもMBTDD-WとMBFDDを用いた「3GPP2 Evolution Phase-2」を検討してきた。当初,出てきた提案は,現行のEV-DOと互換性を持つ方式と,MBTDD-WとMBFDDをベースにEV-DOとの互換性を持たない方式の二つ。後者はクアルコム以外の参加企業からも類似したコンセプトの提案があり,それらを統合して現在は「UMB」 としてPhase-2方式の中心となっている。UMB-FDDの標準仕様も2007年4月に完成した。

 このようにIEEE802.20が3GPP2のUMBと統合することで,異なる標準化組織の間で共通性の高い標準仕様の開発が進行している。これは,安価で高機能な広帯域無線アクセスシステムを普及させる上で,移動通信事業者と機器ベンダー双方にとって望ましいことだろう。IEEE802.20システムは,EV-DOやHSDPA,FLASH-OFDMなどの技術が発展する中,さらに高速広帯域,高速移動性を兼ね備えた移動体ソリューションとして提供されるようになる(図2)。その形態はシングルモードだけでなく,3Gとのマルチモード端末も考えられる。クアルコムでは2009年前半の商用化を目指し,2007年からデモとフィールド試験を実施している。

図2●クアルコムが見る無線方式のロードマップ
図2●クアルコムが見る無線方式のロードマップ
IEEE802.20が検討する広帯域移動無線方式は,FLASH-OFDMからIEEE802.20を経て,IEEE802.20と3Gのマルチモードに進展する。[画像のクリックで拡大表示]


石田 和人(いしだ・かずひと)
クアルコムジャパン 標準化担当部長
1985年,電気通信大学電気通信学部電波通信学科卒業後,日立製作所で光伝送装置とCDMAシステムの開発と標準化に従事。2001年からクアルコムジャパンでCDMAとIEEE系無線システムの標準化を担当し,現在に至る。