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 クアルコムのワイヤレス・ブロードバンド技術にはいくつかの流れがある。クアルコムは携帯電話向けにCDMA技術の開発を進め,第3世代携帯電話(3G)ではすべてのシステムでCDMA技術が採用されるまでに至った。

 そしてその延長線上に携帯電話同士や携帯電話とコンピュータ間でデータをやり取りするデータ通信機能が追加されてきた。CDMA2000 1xEV-DO(Rev.0)という技術が普及し,日本ではKDDIが「CDMA1X WIN」と呼ぶサービスを提供している。現在では,CDMA2000 1xEV-DOのアップグレード版(Rev.A)を展開中だ。

 クアルコムには,このEV-DOの流れとは全く別のワイヤレス・データ通信技術が既に存在している。その一つが2006年1月にクアルコムが買収した,米フラリオンテクノロジーズの開発した「FLASH-OFDM」。もう一つはIEEE(米国電気電子学会)のIEEE 802.20ワーキング・グループで標準化を進めている「MBWA」(mobile broadband wireless access)である。現在はCDMA2000方式の標準化団体「3GPP2」が両者の機能を融合した「UMB」(ultra mobile broadband)の標準化も進めているが,UMBはまた別の機会に紹介する。

 両者の大きな違いは,FLASH-OFDMが5MHz以下の帯域を効率的に利用できるように最適化されているのに対し,IEEE802.20は5MHz以上の帯域を使って大容量の通信ができるように設計されていること。双方に違ったマーケットが存在しており,適用方法が異なっている。第1回と第2回はFLASH-OFDMを紹介する。

ゼロから開発したFLASH-OFDM

 実はFLASH-OFDMの起源は,米国のベル研究所にある。1997年にベル研究所のデジタルリサーチラボで,ブロードバンドをモバイル環境で効率的に稼働させるための研究があり,その場で将来新しい技術が必要になるとの結論に至った。

 これを受け,既存のネットワーク技術や制約に全くとらわれずに,はじめから「最適化されたモバイル・ブロードバンド技術」を設計する研究が始まった。この結果,1999年にOFDMをベースとしたモバイル・ブロードバンド技術「FLASH-OFDM」が発明された。

 同技術の商用化を目指して2000年に設立された会社が,フラリオンテクノロジーズである。同社は数世代にわたるネットワーク・インフラ・システムやチップセットを含む端末装置を開発。数々の技術的な課題を克服して,世界各国の通信事業者とモバイル・ブロードバンドの実験を推進してきた。

 その後,クアルコムがフラリオンテクノロジーズを2006年1月に買収。現在はクアルコムフラリオンテクノロジーズという会社で,クアルコムのモバイル・ブロードバンド戦略の一翼を担っている。

核となるレディオ・ルーター

 FLASH-OFDMは,通信事業者がモバイル・ブロードバンドを有料サービスとして広域に展開することを目的として設計された移動無線通信技術である。モバイル・ブロードバンド特有の問題に継続的に対処し,最適化されている。

 FLASH-OFDMには,利用周波数が1.25MHzのRev.0と,1.25MHz幅の周波数を3波まで繰り返し利用するRev.1がある。Rev.1はRev.0の機能も包含するため,今回はRev.1を中心に紹介する。

 FLASH-OFDMのネットワークは「レディオ・ルーター」と呼ぶ基地局装置をイーサネットで接続することで構築する(図1)。レディオ・ルーター基地局は自身にルーター機能を持つため,ネットワークの構築が容易である。

図1●FLASH-OFDMのネットワーク構成
図1●FLASH-OFDMのネットワーク構成
IPコア・ネットワークにイーサネットでレディオ・ルーター基地局をつなぎ込む。この基地局がユーザーと無線で通信する。

 コア・ネットワークには標準的なIPネットワークを使う。このため,IPネットワークを持つ通信事業者なら,現在のコア・ネットワークをそのまま利用できるというメリットがある。

1.25MHz幅の周波数を最大3本利用

 FLASH-OFDMの基本は,1.25MHz幅のFDD周波数を使うこと。1.25MHzの周波数を113本のOFDMサブキャリアに分割し,データ伝送時にはこの帯域幅にデータを拡散させる。さらに100マイクロ(μ)秒ごとに各サブキャリアを時分割し,その単位で特有のホッピング・パターンを使い周波数ホッピングさせる方式を取っている(図2)。

図2●FLASH-OFDMのリソース配分の考え方
図2●FLASH-OFDMのリソース配分の考え方
1.25MHz幅を113サブキャリアに分割し,各サブキャリアを100μ秒に時分割する。このリソースを特有のパターンで複数のユーザーに配分する。

 また移動局の電波状況に応じてQPSKから256QAMまで適応変調させることで,5.3Mビット/秒/1.25MHzのピークレートを実現する。商用のモバイル・システムで特殊なアンテナ技術を使わずにこれほどのパフォーマンスを出している例は他にない。このほか,各サブキャリアごとに移動局単位でパワー・コントロールを行うことで,隣接基地局から受ける干渉を平均化(無力化)している。

 この結果,各サブキャリアのOFDMのシンボル単位にデータの送受信が可能となり,エンドユーザーがデータを効率的に送受信できるだけでなく,制御情報を効率的にハンドリングできる。リンク・レイヤーでの送受信確認といった制御情報は1ビットのデータであるため,オーバーヘッドのない1ビット・データの受け渡しが可能となり,非常に効率的なシステムを構成できる。

 またデータ・エラーが発生した場合も,小さなエラー部分だけを再送できるため,オーバーヘッドを最小化した誤り訂正が可能。具体的には,ARQが20ミリ秒で5回の誤り訂正を可能とし,リアルタイム・アプリケーションの許容時間範囲内でエラー訂正がすべて完了する。これは,下位レイヤーでのエラーがパケット・レイヤーのパケット再送処理を引き起こす頻度を極端に下げる効果を生む。

 TCP/IPではパケット損失が頻繁に発生する場合,その原因を網のふくそうと考え,端末がデータ送信を自主的に制限(フロー・コントロール)する。このため電波はふんだんに余っていても実際にデータ伝送が行えなくなる。

 こうした事情から,無線IP通信ではパケット損失を最小限に抑えることが必須の要件となる。この要件を満足させる仕組みを持つFLASH-OFDMは,モバイルの環境でもそのデータ伝送能力を維持し,サービス提供を安定的に継続できる技術といえる。

 FLASH-OFDMには,1.25MHzの周波数の繰り返し利用方式がN=1(Rev.0),または1.25MHzの周波数を3波繰り返すN=3(Rev.1)の2方式がある(FLASH-OFDMはアップリンク用とダウンリンク用を分けたペアバンドを使う)。

(1)1.25MHz,N=1(Rev.0)の場合

 このシステム構成では,1.25MHzという限られた周波数を最大限に活用して,下り最大5.3Mビット/秒,上り最大1.8Mビット/秒という伝送速度を実現できる。

 電波の繰り返し利用方式がN=1の構成では,1基地局が3セクターそれぞれで同一の周波数を利用する(図3左)。このため,限られた周波数でネットワークを運用する状況では,非常に有効なサービス提供を可能にする。電波がひっ迫している日本での利用は,大きな意味を持つと言える。

図3●電波の繰り返し利用方式(N=1とN=3)
図3●電波の繰り返し利用方式(N=1とN=3)
N=1の構成では,1基地局が3セクターそれぞれで同一の周波数を利用する。N=3では,基地局のそれぞれのセクターで,異なる周波数の電波を発射する。

(2)1.25MHz,N=3(Rev.1)の場合

 電波の繰り返し利用方式がN=3となるこの方式では,1.25MHzの周波数を3波利用し,基地局のそれぞれのセクターで,異なる周波数の電波を発射する(図3右)。この結果,セクター間の干渉や近接する基地局が発射する電波との干渉を避けられる。

 より強い出力で電波を発射できるため,セクター内全体でスループットを向上させ,それぞれの基地局のセル・エッジにおけるサービス・レベルを4倍まで高められる。これは通信事業者がサービス・エリア内で,均一的なサービス・レベルを維持することに大きく貢献する。利用できる電波を全ユーザーのサービス・レベル向上に活用する方式といえる。

川端 啓之(かわばた・ひろゆき)
クアルコムジャパン ワイヤレスブロードバンド事業推進室 ディレクター
英ブリティッシュテレコム,米アクセスラインテクノロジーズ,米ウォルターグループにおいてアジアパシフィック地域事業開発部門の役職を歴任,1999年にはニューセンチュリーグローバルネット(日本)を立ち上げ,営業担当副社長を務める。2003年にフラリオンテクノロジーズ日本代表に就任。2006年1月から現職。