2007年春,従来より高速なデータ通信カードが2機種発売された。一つは,第3世代携帯電話の高速データ通信規格を使って,PHSより安価な定額データ通信を実現したイー・モバイルの「D01NE」。もう一つは,PHSデータ通信カードの進化版となるウィルコムの「AX530IN」である。これらの通信速度を検証した。

写真1●イー・モバイルのデータ通信カード「D01NE」(左)とウィルコムの「AX530IN」(右)
写真1●イー・モバイルのデータ通信カード「D01NE」(左)とウィルコムの「AX530IN」(右)

 長らくウィルコムの独壇場だったモバイル用途向けのデータ通信カードに,強力なライバルが出現した。3月末に携帯電話事業に新規参入したイー・モバイルが発売した「D01NE」(NECインフロンティア製,写真1左)である。第3世代携帯電話(3G)の高速データ通信規格「HSDPA」(high speed downlink packet access)に対応し,下り最大3.6Mビット/秒,上り最大384kビット/秒の通信速度をうたう。

 一方のウィルコムは,4月にPHSデータ通信カード「AX530IN」(ネットインデックス製,写真1右)を発売した。このカードは,後述するPHSデータ通信の高速化規格「W-OAM typeG」(WILLCOM Optimized Adaptive Modulation typeG)に対応しており,理論値は上り/下りともに最大512kビット/秒である。

都内の主要オフィス街で速度測定

 一般に無線通信は,電波の状況や同時利用ユーザー数で通信速度が大きく変わる。今回のテストでは,イー・モバイルのD01NEとウィルコムのAX530INを同じノート・パソコンに交互に挿し,都内の主要オフィス街(新宿,六本木,丸の内)で通信速度を測定した(表1)。通信速度は,FTPで1Mバイトのファイルをダウンロード/アップロードするのにかかった時間から計算した。

表1●イー・モバイルとウィルコムのデータ通信カードで通信速度を測定した結果
1Mビット/秒のファイルをダウンロード/アップロードして通信速度を測定し,4回の平均値を算出した。
事業者名 イー・モバイル ウィルコム
端末名 D01NE AX530IN
測定場所 下り速度 上り速度 下り速度 上り速度
新宿西口 昼間 1813kビット/秒 271kビット/秒 196kビット/秒 156kビット/秒
夜間 1962kビット/秒 323kビット/秒 249kビット/秒 141kビット/秒
昼夜平均 1885kビット/秒 294kビット/秒 219kビット/秒 148kビット/秒
東京ミッドタウン 昼間 1935kビット/秒 323kビット/秒 168kビット/秒 134kビット/秒
夜間 1791kビット/秒 326kビット/秒 208kビット/秒 108kビット/秒
昼夜平均 1861kビット/秒 325kビット/秒 186kビット/秒 119kビット/秒
東京駅丸の内口 昼間 936kビット/秒 323kビット/秒 137kビット/秒 110kビット/秒
夜間 1174kビット/秒 327kビット/秒 288kビット/秒 148kビット/秒
昼夜平均 1042kビット/秒 325kビット/秒 185kビット/秒 126kビット/秒

 その結果,イー・モバイルのD01NEでは下り平均1.479Mビット/秒,上り平均314kビット/秒,ウィルコムのAX530INでは下り平均196kビット/秒,上り平均130kビット/秒の通信速度が得られた。D01NEの下り速度は,最も速い値で2Mビット/秒を超える数値も記録した。

 イー・モバイルのD01NEは丸の内の下り平均速度がほか2カ所よりも遅かったが,これは電波状態がやや悪かったためだと思われる。丸の内の測定場所では,電波の強さを示すアンテナ・ピクトが2~3本(最大は3本)でふらつく状態だったからだ。

 AX530INは,昼間の通信速度が全般的に遅かった。ウィルコムはイー・モバイルより加入者数が多いので,昼間は複数のユーザーが同時に通信する確率が高い。基地局との間の伝送帯域を複数のユーザーで分け合ったため速度が低下したものと考えられる。

 なお,これらはISPであるドリーム・トレイン・インターネット(DTI)のFTPサイトを使って計測した結果である。社内のDMZ(非武装セグメント)に設置したFTPサーバーを使ったテストも実施したが,D01NEとAX530INのいずれも下り速度が半減した。

 Webブラウザを使った計測も実施した。米グーグルの検索サイトのリンクをクリックしてから該当サイトの表示が完了するまでの時間を計測した。日経BP社やYahoo!JAPANなどのWebサイトで試した結果,いずれもD01NEは10秒以内で表示が終わった。AX530INはその2~3倍以上の時間がかかった。

PHSの変調方式を進化させて高速化

 D01NEに比べると速度が遅かったウィルコムのAX530INだが,同社の従来機種より着実に高速化している(表2)。通信チャネルを8本束ねる「エアエッジ・プロ」に対応した歴代機種について通信速度を測定したところ,2005年に発売されたAX510Nに比べ,AX530INは2倍以上高速になっていた。

表2●ウィルコムの高速化技術「W-OAM TypeG」の効果
評価方法は表1と同じ,測定場所・時間は東京・虎ノ門の深夜。
  AX530IN(W-OAM TypeG) AX520N(W-OAM) AX510N(ノーマル)
下り速度 294kビット/秒 178kビット/秒 126kビット/秒
上り速度 215kビット/秒 100kビット/秒 93kビット/秒

 この高速化は,最新のPHSデータ通信の高速化技術「W-OAM typeG」がもたらした。通信チャネルを束ねるだけでなく,電波状態が良い場合は一度に送るデータ量を増やすことで高速化を図る(図1)。

図1●ウィルコムが導入したPHSの高度化技術「W-OAM typeG」
図1●ウィルコムが導入したPHSの高度化技術「W-OAM typeG」
従来よりも伝送効率の良い変調方式を利用する。利用中は電波状態に応じて適切な変調方式を自動選択する。
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 ウィルコムのPHSは,基地局側通信回線にISDNを使っている。これが高速化のボトルネックとなっている。今後ウィルコムは,この回線を光ファイバに置き換えて,最大800kビット/秒までの高速化を実現するとしている。

加入者増加後の再評価が必要

 今回の結果では,イー・モバイルの通信カードが高速だったが,同時利用するユーザーがいれば,通信速度が低下する可能性がある。そこで同じ無線区間を複数ユーザーが使うことを想定し,同じ電波を使うイー・モバイルのPDA「EM・ONE」と,D01NEを挿したノート・パソコンを並べてそれぞれ異なるサイトのファイルを同時にダウンロードした。その結果,D01NEの通信速度は単独での測定時に比べて約42%低下した(表3)。

表3●D01NEの負荷試験 「同時ダウンロードあり」はイー・モバイルの「EM-ONE」で10Mバイトのファイルをダウンロードしながら,D01NEを接続したパソコンで3Mバイトのファイルをダウンロードした。単独に比べて通信速度が40%低下した。
  同時ダウンロードなし 同時ダウンロードあり
D01NEの平均速度 1614kビット/秒 931kビット/秒

 2007年3月末時点のウィルコムの累計加入数は約453万。対してイー・モバイルの加入数は,サービス開始時(3月末)で約2万。イー・モバイルがメガクラスの速度を維持するには,ユーザーの増加に応じた設備増強が必要になりそうだ。また,現状のサービス・エリアは,イー・モバイルよりウィルコムの方が圧倒的に広い。