ストレージ・ネットワークと言えばこれまではファイバ・チャネル(FC)が主流だったが,イーサネットを活用するiSCSIを使ったユーザー事例も増え始めた。「iSCSIの利用はここ1~2年で着実に増えている。大規模事例は聞かないが,部門など小規模の導入が多い。インテグレータによる提案というよりはユーザー主導で導入が進んでいる」(ネットマークス エンタープライズ事業本部データマネージメントソリューション営業部の黒田卓爾マネージャー)。

障害対応など運用管理面でメリット大

 iSCSIとは,既存のイーサネットを利用してサーバーとストレージを接続する技術。SCSIコマンドをIPパケットでカプセル化することで実現する。イーサネットを使う点はNASと同じだが,iSCSIを採用したストレージはファイル・システムを介さずにデータを読み書きする点が異なる。iSCSIの導入メリットは,(1)ネットワークの構築や構成変更が容易,(2)安価にストレージ・ネットを構築できる──の二つ(図1)。

図1●iSCSIの導入メリットと注意点
図1●iSCSIの導入メリットと注意点
枯れたイーサネットの技術を利用するので安価に導入でき,ファイバ・チャネルに比べて構築や構成の変更は容易である。ただし,性能優先の用途には向かず,大規模向け製品もまだ少ない。

 (1)のメリットは,枯れたイーサネットの技術を使うことからもたらされる。「FCは障害が起こったときの対処が難しい。障害時の対応手段の豊富さという点ではイーサネットを利用するiSCSIの方が断然優れる。パケットも簡単にキャプチャできる。FCが分かる管理者は少ないが,イーサネットを理解した管理者はたくさんいる」(日本ネットワーク・アプライアンス 営業統括本部の川村雅史フィールド・ソリューションSE部長)。

 顧客向けや社内用の業務システム,グループウエアなどのデータを管理するストレージのネットワークにiSCSIを採用したヤマトシステム開発もこの点を評価した(図2)。「iSCSIはネットワークの構築が容易で,サーバーの増設にもすぐに対応できる。使い慣れたイーサネットがベースなので,ネットワークの管理者には分かりやすい」(運用技術グループ ネットワーク技術担当の田中諭マネージャー)。

図2●iSCSIでストレージ・ネットワークを構築したヤマトシステム開発
図2●iSCSIでストレージ・ネットワークを構築したヤマトシステム開発
導入コストの安さ,構築や運営管理の容易さを評価してiSCSIを採用した。導入前は性能に不安もあったが,事前に検証した結果,FTPサーバーやNFSサーバーの用途であれば問題ないと判断した。
[画像のクリックで拡大表示]

 こうした利点を生かし,同社ではストレージに対して流れるトラフィックをオープンソースのツールであるMRTGで監視し,しきい値を超えた際は管理者に通知している。同社はFCの導入経験もあるが,「(FCの通信の)中身を理解するのは苦労する。FCはネットワークというよりも,ハード・ディスク専用のインタフェースが外付けになったイメージ。(FCの専門技術者がいないと)自社での管理は難しい」(同)という。

 (2)のメリットは,既存のネットワーク・インタフェース・カード(NIC)やLANスイッチを利用できることからもたらされる。FC対応の専用スイッチや専用アダプタを使うよりも安価にストレージ・ネットを構築できる。2004年秋ころにiSCSIを導入したヤマトシステム開発は,「導入検討時は,FCスイッチの方がLANスイッチよりも10倍以上高かった」(田中マネージャー)という。「最近はFCスイッチの低価格化が進み,iSCSIを採用しても以前ほど導入コストの削減効果が得られなくなった。それでもFCスイッチはLANスイッチの2倍以上と割高」(日本ネットワーク・アプライアンスの川村部長)だという。

カプセル化による性能問題は解消へ

 便利で安価にストレージ・ネットが組めるiSCSIだが,性能はFCに劣るというのがこれまでの常識だった。イーサネットは1Gビット/秒のギガビット・イーサネットが主流だが,FCは2Gビット/秒または4Gビット/秒の製品が一般的である。インタフェースの速度を比較しただけでも2~4倍の開きがある。これに加え,iSCSIはSCSIコマンドをIPでカプセル化してTCPで通信することで生じるオーバーヘッドがある。

豆知識3 速度勝負ならInfinibandも
最近は高速インタフェース技術「Infiniband」に対応したストレージも登場している。例えば米アイシロン・システムズの「Isilon IQ」がストレージのノード間を10Gビット/秒のInfinibandで接続できる。スイッチの価格は,「24ポートで200万~300万円でFCスイッチと同程度」(アイシロン・システムズ)。これまでは科学技術計算などHPC(高性能コンピューティング)分野での利用が中心だったが,一般業務用途でも導入できる価格になってきた。

 ただ,最近はハードウエアの性能向上によって,iSCSIのオーバーヘッドはあまり問題視されなくなっている。「以前は専用アダプタを使ってハードウエアでパケットのカプセル化処理をするのが一般的だったが,最近はソフトウエアで処理するユーザーが増えている」(日本ネットワーク・アプライアンスの川村部長)。

 川村部長は「ギガビット・イーサネット使用時のデータ転送速度は100Mバイト/秒程度。複数のLANポートを搭載すればさらに高速化できるが,この値以上の処理性能が必要かどうかが導入の目安になる。大量のトラフィックが発生するバッチ処理などは向かない」という。前述のヤマトシステム開発の田中マネージャーは「データベースの用途は難しいと感じている。確実な性能を求める場合はFCになる。iSCSIは性能の要件が厳しくないメール・システムに向いている」と評価している。

 NTTデータ先端技術はiSCSIを使ったストレージ・ネットを構築し,Linux上のOracleの性能を検証した。その結果,「NFSによる接続よりもiSCSIの方が処理が速かった。一般的にはCIFSよりもNFSの方が高速な点を考えると,Exchange ServerやSQL Server(米マイクロソフトのデータベース管理システム)の用途ならそれほど問題ない」(青木事業部長)とする結論に達した。

 イーサネットの高速化もiSCSIの利用を後押ししそうだ。米イントランザや米ニンバス・データシステムズ,RISAストレージなどが10Gビット・イーサネットに対応した製品を発表,既に一部のベンダーが提供中である。マクニカネットワークスが2007年5月に出荷を開始したイントランザの「Intransa PCU100」のデータ転送速度は750Mバイト/秒(写真1)。「データ転送速度はもうFCを超えている」(ソリューション営業統括部セールス&マーケティング1部第2課の山本知基氏)。4台のクラスタ構成にすれば,データ転送速度を最大3000Mバイト/秒まで拡張できるという。

写真1●10Gビット・イーサネット対応の製品も登場
写真1●10Gビット・イーサネット対応の製品も登場
マクニカネットワークスが販売する米イントランザの「Intransa PCU100」。データ転送速度は750Mバイト/秒。