selfup

こんなITエンジニアはいらない!

日経SYSTEMS

Vol.33 実力を過信したプランなき転職 自分の将来を見失う

2007/12/13
出典:日経ITプロフェッショナル 2005年2月号  138ページより
(記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)

人材の流動化が進む中,ITエンジニアの転職も盛んだ。しかし,自分の実力を考えず,甘い誘惑に軽々しく乗ると,大怪我をする。A君が飛び付いた“うまい話”の裏にあったのは…。

イラスト 野村 タケオ

 A君(25歳)が,SIベンダーのJ社にITエンジニアとして就職してから2年半がたつ。入社以来,マイグレーション事業部に所属し,汎用機上のシステムを,UNIXやパソコン・サーバーに移行する案件を担当してきた。

 2004年5月からは,大手金融機関Y社におけるシステム再構築プロジェクトに参加していた。これまで複数のホスト上で稼働させていた基幹システムを,UNIX上で統合する大規模な取り組みで,社内外の関心が集まるプロジェクトだ。

 ところが,周囲からの注目とは裏腹に,A君は仕事に対する意欲を徐々に失いつつあった。開発とテストを繰り返す日々は退屈に思えて集中力を欠き,現場でミスを重ねていた。プロジェクト・マネジャーのBさんから,「もっと気合を入れて仕事に取り組んでくれ」と叱責されることも度々だった。

うまい話に飛び付く

 プロジェクト開始から半年過ぎたある日,残業を終えて深夜に帰宅したA君はふと考えた。「このままでいいんだろうか」。一旦考え始めると,日ごろの不満が次々と心に浮かんだ。「仕事は面白くないし,残業は多い。それに,上司からは小言ばかりだ…」。A君の頭の中で,「今の状況では自分の実力を発揮できない」という思いが膨らんでいった。

 数日後,A君の携帯電話に学生時代の友人であるC君からメールが届いた。「久しぶりに一杯やろう」という誘いだった。「たまには気晴らしするか」。A君は,何とか時間を作ってC君と会った。

 会社は違うものの,同じITエンジニアの道を歩むC君との会話は楽しかった。杯が進むにつれてA君は冗舌になり,C君に問われるまま今の仕事について話した。「前時代の遺産を乗せ換えるだけの仕事なんてつまらない。本当は,Webアプリケーションみたいな最新の技術を手がけたいんだ。でも,今の職場ではそれも叶わない」。気が付くと,愚痴になっていた。

 すると,それまで相づちを打っていたC君が突然,こんなことを言い出した。「だったら,うちのD社に来ないか。D社は,まさに君が言ったWebアプリケーションに力を入れている。JavaだってLinuxだって,君が望むことを自由にできるぞ」。

 思わぬ話の展開に,A君は身を乗り出した。それを見てC君は続けた。「D社は中途入社を歓迎しているし,給料も今より15%はアップするはずだ」。A君は,身を乗り出した。C君は,常に最新技術を先取りするD社の社風についてひとしきり語った後,「ぜひ,考えてみてくれ」と言ってその話をしめくくった。

 C君と別れて地下鉄に乗り込んでからも,A君の心からは“転職”の2文字が離れなかった。「これこそ“渡りに船”ってやつかもしれない」。翌週,A君はD社の面接を受けた。

見通しの甘さを指摘される

 2004年12月を迎え,A君たちが常駐するY社の開発ルームには緊張感が漂っていた。新システムの納期が2カ月後に迫っていた。だが,A君だけは相変わらず熱の入らない様子だった。心の中では,「このプロジェクトが終わったら,こんな職場とはおさらばだ」と思っていた。A君はすでに,D社から内定通知を受け取っていた。

 A君の仕事振りを見かねたBさんは,A君を会議室に呼び出し尋ねた。「最近,仕事に身が入っていないようだが,何か心配事でもあるのかい?」。A君は覚悟を決めて,業務への不満や新技術に触れられないもどかしさを洗いざらいぶちまけた。友人から転職を勧められて,D社の内定をもらっていることも告白した。

 Bさんは少し驚いた様子だったが,すぐこう言った。「人というのは,自分の置かれている状況が最悪と思いがちだ。でも,実情はどこも大差ない」。穏やかな口調だった。「1年や2年では,仕事の本質は見えない。今は興味を持てない仕事でも,必ず自分の肥やしになる。とにかく,3年間がんばってみろよ」。

 「それに…」。Bさんは,言いにくそうに続けた。「その友人は,本当に君のことを心配して転職を勧めているのかな」。Bさんの口から出たのは,思いも寄らない話だった。

 「ベンダーの中には,火を噴いたプロジェクトを立て直すために,なりふり構わず外部のエンジニアをかき集めるところがある。『1人引き抜くごとにいくら』と社員にボーナスを提示して,とにかく頭数をそろえさせるんだ。そういう経緯で転職したエンジニアは悲惨だよ。非常事態を乗り切ったら用済みとばかりに,その後は冷遇されることが多い」。A君の表情がこわばった。

 Bさんが会議室を出て行った後,A君はしばらく考え込んだ。「3年続けなければ,仕事の本質は見えない」というBさんの言葉には説得力があった。確かに,いくら大学で情報工学を専攻したとはいえ,たった2年ほどの実務経験が通用するほどIT業界は甘くないはずだ。C君に対する不信感も芽生えた。「Cはなぜ,実績もない僕に声を掛けたんだ。卒業してからほとんど会っていないのに」。

 考えあぐねたA君はその夜,C君に電話をかけた。「D社の面接を受けたんだけど…」。A君がこう切り出すと,電話の向こうでC君が言った。「ああ,聞いたよ。おかげでボーナス点をもらえる」。A君の全身から一瞬,力が抜けた。「なんだ,やっぱりそういうことだったのか」。つい昨日までの転職熱がすっかり冷め切ったA君は,「まあ,まだ正式に決まったわけじゃないんだ」と言葉を濁して,早々に電話を切った。

 C君に対する怒りは不思議と感じなかった。ただ,「他社に引き抜かれた」と有頂天になっていた自分が情けなかった。「Bさんが心配してくれなければ,どうなっていたか分からない。僕はまだまだ半人前だ」。

 翌朝A君は,D社の人事担当者に内定を辞退する旨の電話を入れた。

今回の教訓
・仕事を「つまらない」と安易に決め付けるな
・他人の芝生は青く見える
・甘い言葉の裏にある思惑を見抜くことを忘れるな

岩井 孝夫 クレストコンサルティング
1964年,中央大学商学部卒。コンピュータ・メーカーを経て89年にクレストコンサルティングを設立。現在,代表取締役社長。経営や業務とかい離しない情報システムを構築するためのコンサルティングを担当。takao.iwai@crest-con.co.jp

この記事に対するfacebookコメント

nikkeibpITpro

読みましたか? 〜 未読記事をご紹介