今回は,Webサイトの「機能」について,考えてみます。Webサイトの変遷を見ながら,全体としてのとらえ方と,そのサイトを支えるモノにも触れてみたいと思います。

エンジニア的なWebサイト成長論

 Webサイトの歴史を考えてみると,下図のようになっているという話は,前にも書きました。個人技で制作できた時代から,徐々にチーム単位になり,もう少し大きな組織へと,担い手の形態が変わってきているのを,必要とされるスキルなどと絡めて描いたものです。

Webサイトの歴史

 ここ10年少しで,Webはその機能を大きく変えていったように思えます。根本的な部分では,情報を発信するという点で変わりはないので,社会的責任というものの負い方が変わってきたと見るべきかもしれません。「情報を伝える」にも,様々な方法がありますが,ネットに接続できさえすれば,どんな長文の説明であっても掲載でき,様々なエモーショナルな表現が可能な「Web」は,情報伝達の中核的な位置へと登り始めているように感じます。

購買行動の分析

 マーケティングで顧客の購買行動を分析する枠組みとして,「AIDMA理論」というものがあります。図に示すような行動(注意/関心/欲求/記憶/購入)の頭文字を並べたもので,それぞれの項目にマッチする仕掛けを作ってあげることで,顧客の購買行動を促進することができるというチェックリストにもなるものです。

AIDMAとAISAS

 ネットでの購買量が多くなってくると,「AISAS理論」と呼ばれる,ネットでの購買行動のモデル(注意/関心/検索/購入/共有)への注目が高まってきたようです。ユーザーが「検索」という行動を通して,購買につながるとしたもので,「続きはWebで」というTV-CMの背景にある理屈と言えます。同時に,購入で一連の行動が終了するのではなく,Blogなどを通じて,「共有」していくという「CGM(Consumer Generated Media)」というWebのメディア特性にも触れているのが特徴です。

 「検索」という行動の度合いが大きくなっているということは,ネットの存在が大きくなっているということですが,この理屈には多少反論もあるようです。検索行動をとった人間の内,どれほどが実際に購買に結びついたかと言うと,余り芳しくない結果が多く並んでいるためです。

検索の後の行動分析

 とは言っても,「検索」という行動パターンの重みは日々増しているのは実感としてあります。ちょっとした英単語の意味調べから,あいまいな記憶を辿るようなことまで,パソコンの前でしてしまう人は増えているでしょう。事実,すべての検索エンジンが消滅してしまったとしたら,何を拠り所にモノを買うのか迷ってしまう人も少なからずあるでしょう。

 そうしたことも踏まえた,検索後の行動モデルがあります。「AISCES(「愛せ明日」と読むそうです)」です。検索の後に,比較と検討の要素が並びます。自分の趣味の領域の商品を買う場合の説明は,こうなるとしっくりきます。

 この比較と検討を,Webシステムとしてうまく提供してくれると,その便利さから,その商品そのものだけでなく,そのサイトへの好感度も上昇します。

AISCEASとAISUEAL

 少し気になるのは,比較対象がないような場合や,比較する必要のないものの場合です。例えば,シェアウエアなどの場合,ある機能に特化したしたものであれば,類似ソフトを探すほうが手間でしょう。家電製品のような場合でも,「一目惚れ」してしまうような商品の場合は,「比較」の意味が少し変わってきます。「サービス」という形のないものも,それに含まれるかもしれません。

 商品販売者という立場ではなく,Webサイト構築者として,ユーザーの動きを考えると,こうした比較/検討というプロセスではないものにも気が行きます。それを現してみると,「AISUEAL」となるでしょうか。Webサイトが提供するものは,比較/検討といった機能ではなく,説明責任(アカウンタビリティ)に近いものがあるように思っています。

 人がWebサイトに来て,数ページを行きかう内に,その製品の何たるかを知り,欲しくなっていく。そして,そんな体験を通じて,そのWebサイトを好きになって,時折訪ねたくなる。そんなサイトこそ,Webデザイナの目指すものだと思います。

 だからこそ,理解をしやすくするために,情報デザイン的な検証を重ね,誤解や思い込みを排除するような構成を探り,順を追って知識や欲求を満たすように,ナビゲーションを考えるのです。

 もちろん,どちらのモデルが正しいかと言う議論をしているのではありません。Webサイトの個性や特性として,どちらのパターンもありますし,どちらも兼ね備えているサイトもあるでしょう。

Webというメディアの特性

 こうしたWebサイト上での行動分析を行うのであれば,Webというメディアの特性も考慮すべきだろうと最近思うようになってきました。他のメディア,例えば,テレビ/ラジオ/新聞/雑誌と何が根本的に違うのでしょうか。

 パーソナルメディアとか,様々な意見があるでしょうが,私は「レスポンスの期待度」が根本的に違うのではないかと感じ始めています。雑誌や新聞に投書をして,それが掲載されて,反応を知るまでの時間と,Webに意見を書いて反応を待つ時間と,ケータイのそれとでは,おのずと期待値が随分と異なると思うのです。

情報の下流速度,よりも反応(レスポンス)の速さ?

 紙媒体では,掲載される量的な制限が大きく,したがって掲載される確率は低くなります。その分,掲載されたときの喜びは大きい訳です。テレビやラジオでも確率は低く,読まれたときの喜びは自慢したくなる種のものでしょう。しかし,WebはそもそもBlogなど自分で書ける(=100%掲載される)という状態すら存在するメディアなのです。だから,掲載されること自体で価値が上がるわけではなく,レスポンス(反応)が付いてこそ,初めて価値が上がるとするユーザーも多いと思われます。

 当然ながら,本来の「日記」のように,書くことに目的を置くユーザーも存在しますが,他者とのつながりを重視した活動に使っている人のほうが多い気がします。そして,そうした中で,デバイスがデスクトップからラップトップ(ノートPC)へと,そしてケータイへと変遷していきます。

 手のひらの中での(ケータイ)コミュニケーションは,ますますレスポンスを要求するものになっているように見えます。子どもたちの間で,夜中に驚くほど多くのメールが交わされるのは,子どもたちの文化というよりは,メディアとしての特性なのではないかと。

 これが真であるならば,Webサイトで「共感」や「愛着」を引き出すためには,常時何かしらの反応(レスポンス)が要求されるのかもしれません。だからこそ,PIP(Person in Presentation)のようなビデオ映像を多用したもののように,ユーザーの反応を主軸に構成されるシステムが流行るのかもしれません。

運用など今まで以上に複雑なWebサイト体制に

 では,どのように「つながっている」状態を演出し,実際にそれを実施するのでしょうか。自動的な機能として実装されている部分を除くと,それは「日々の運用」しかありえません。

Webサイト構築+維持+発展させる体制

 どこまで,ユーザーに真摯に向き合うか。その問いは,そのまま,24時間体制でレスポンスし続ける体制をどう作るかという問いにもなります。つまり,あたかも自前のテレビ局を持ってテレビCMを流すかのような体制が必要となってくるのかもしれません。だからこそ,最近はWebのコンサルや運用を,社外パートナーとして委託する会社が徐々に出てきています。まさに総力戦なのです。

 まだまだ「開発」という部分のみに目が行きがちですが,Webサイトは明らかに「運用」という,できあがってからの部分の比重が増しています。できあがったものを「掲載」すれば良い訳ではないということが,経験則として理解できてきたからです。「どうやってレスポンスし続けるか」をデザイン(設計)する,それが徐々に求められていているとも言えます。

参考)

三井 英樹@ ビジネス・アーキテクツ / 日刊デジタルクリエイターズ