米国で「iPhone」が発売になってからそろそろ3週間。Webの世界では今なお興奮冷めやらぬ状況である。ニュース,ブログ,企業プレスリリースなど,連日登場するiPhone関連の話題はさまざま。発売当日の行列報道に始まり,iPhoneを分解してしまったという人の話,UI(ユーザー・インタフェース)について細かく語るブログなど,日々新しい情報がアップされている。

 大手メディアもしかりである。販売開始後の3日間で70万台売れたという推計。iPhoneの小型版「iPhone nano」やiPhoneに似た電話機能なしの新型「iPod」が登場するというアナリスト観測など,iPhone関連の話題を目にしない日はない。

 Appleの製品といえば「Macintosh」「Mac OS X」「iPod」が代表的だが,今回のiPhoneはそれらとは別格扱いであり,一般メディアの報道もすさまじい数だ。筆者の知る限りApple製品の歴史でこんなことは初めて。今米国にはiPhone旋風が吹き荒れている。

電話のダイヤルに似たスクロール・ホイール

 iPhoneの廉価版が今年の第4四半期にも登場する...。そんなニュースが報じられたのは米国時間7月9日。Reutersが,米国の金融大手JPMorganのアナリストで,台湾を拠点とするKevin Chang氏のレポートについて報じたのである。このKevin Chang氏はJPMorganで通信機器のサブライヤ業界セクターを担当しているアナリスト。同氏が根拠として示したのは「名前は公表できない」とする情報筋の存在と,Appleが申請した特許。

 同氏は,現行のiPod nanoに電話機能を付けたiPhoneが登場する可能性があるとし,その価格は300ドル以下と予測した。またこれにより,Appleの2008年における携帯電話販売台数は3000万~4000万台になるとし,Appleの目標販売台数1000万台を大きく上回ると推計した。

 Chang氏はサブライヤの担当者から極秘の製造計画でも聞き出したのか。しかし具体的にどんな情報を入手したのか明らかにしておらず,レポートの信ぴょう性については定かでない。ただChang氏が示す特許の存在だけは確かなようである。Appleは,昨年11月に「Touch pad with symbols based on mode」というタイトルの特許を申請しており,これを米国特許商標局(USPTO)が7月5日に公開したのだ。USPTOのWebサイトでも閲覧できる。

 これを見ると冒頭に「A multifunctional handheld device capable of operating in different modes...」とある。「いくつかの異なるモードで動作する多機能ハンドヘルド機器」といった訳になるだろうか。「円形のタッチパッド上に操作アイコンが表示され,各利用モードによってそれらアイコンが変化する技術」という説明もある。添付の図を見ると,旧式電話のダイヤル部分に似たスクロール・ホイールが描かれている。その形状はiPhoneというよりiPodに似ている(写真1

写真1●Unwired Viewが7月5日付け記事でAppleの特許についてレポートしている。
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望まれる高速データ通信サービス

 実はこの話には続報がある。翌日になって,同じくJPMorganのアナリストでApple動向に詳しいBill Shope氏のレポートがThe New York Timesなどで報じられたのだ。このShope氏は顧客向けレポートの中で,Kevin Chang氏とは違った見解を示した。「Appleが廉価版の携帯電話を近い将来に市場投入する可能性は低い」と述べたのだ。

 理由の1つは,Appleが初代iPodの販売を開始してからiPodの廉価版「iPod Mini」の投入に至るまで2年の期間を置いたというこれまでの経緯。同氏は,「Appleはいずれそうするだろうが,このような短期間に廉価版も出すというのは異例なこと。リスクも高い」と説明している。「誰もが電話と音楽プレーヤの一体型を求めているわけではない」とも指摘している。

 The New York Timesの記事では,前述の特許申請の背景についても触れ,弁理士のJay Sandvos氏の見解を載せている。それによれば,多くの競合企業がAppleのクリックホイールを模倣しようとしている。Appleが特許技術を製品に採用しようがしまいが,あらゆる技術の可能性について考え,特許申請しておくというのは理にかなっている」(同氏/The New York Timesの記事

 Bill Shope氏をはじめとする多くのアナリストは,廉価版のiPhoneよりも,iPhoneのようなタッチスクリーン機能を備えたiPodや,第3世代通信方式(3G)に対応したiPhoneが登場する可能性が高いと見ているようだ。廉価版ではなくむしろ高機能版というわけである。

 iPhoneが売れていることでiPodの売り上げはおのずと減ってくる。今の製品戦略においては,そうした状態を放置しておくよりも,高機能の新型iPodを投入して「共食い」を防ぐ方が得策であるという(Reutersの記事)。

 3G対応のiPhoneについてはどうだろう? 実はさっそくiPhoneを手にした人から不満の声が出ている(関連記事)。iPhoneが採用している米AT&T Mobilityのデータ通信方式は,GSMをベースにした「EDGE(Enhanced Data Rates for GSM Evolution)」(AT&T MobilityのWebサイト)。これは2.5G(第2.5世代)と言われ,その下りデータ転送速度は70Kbps~135Kbps程度。

 一方で,AT&T Mobilityも提供しているW-CDMAベースの「HSDPA(High Speed Downlink Packet Access)」は400Kbps~700Kbpsと速い(Infoworldに掲載の記事)。Appleは,今回人口カバー率が多いEDGEをあえて選択したと主張しているが,iPhoneの特徴を生かすには不十分と指摘されている。高速サービスへのいち早い対応が望まれているようだ。

Wi-FiとiPodだけで十分?

 そうした中,今大変話題になっているのが,AT&Tのサービスに頼らないという試みである。ネット上では,さまざまな人がいかにしてAT&Tを回避してiPhoneを利用するかを論じている。

 iPhoneの機能には大別して(1)携帯電話の音声通信と携帯電話データ通信を使ったインターネット・サービス,(2)Wi-Fi(802.11b/g)を使ったインターネット接続,(3)iPodがある。しかしこれらはすべて,Appleが提供するパソコン用ソフト「iTunes」を使ってアクティベートしなければ利用できない。そしてこの手続きを行うためにはAT&Tの携帯電話サービスに加入する必要があるのだ。最も安いプランで月額59.99ドル。契約期間は2年になる。

 そこで,契約手続きの仕組みやSIMカードの抜け穴を使う方法を考え出した人が現れた。AT&T以外の通信事業者を利用するという方法や,iPhoneのWi-FiとiPod機能だけを利用するという方法である。さまざまな手法があるようだが,それらのいくつかはすでに著名なオンライン百科事典にも掲載されているから驚きだ。

 中でも話題になっているのが,ノルウェー在住の通称「DVD Jon」と呼ばれるJon Lech Johansen氏である。同氏はDVDの暗号を破ったことで有名な研究者。自身のブログで7月3日にiPhoneをアクティベートするためのサーバー・ソフトを公開した。このソフトにより,iPhoneのWi-FiとiPod機能だけを利用できるというのだ。その方法は,iTunesがAT&Tの認証センターと通信するのをサーバー・ソフトが遮ぎり,AT&Tに代わって認証を行い,iPhoneをアクティベートするという。

 こうした行為について,AT&Tでは,「正規の使い方をしない場合は,製品の動作保証をしない」とし,「しばらくこの状況を監視し,必要であれば適切な行動を起こす」とコメントしている。ただしどのような行動をとるのかは具体的に述べていない。またAppleのコメントは今のところないという(Reutersの記事)。

 折しも米国では,携帯電話を巡って「消費者の選択の自由」か「企業の独占か」という議論が起こっている。「携帯電話をどのように使うかはそれを購入した消費者が決めるべきだ」という考え方で,iPhoneの販売とサービスを独占しているAT&Tの商行為に疑問を呈しているのだ(CNET News.comの記事)。

iPhoneを取り巻くエコシステム

 実はiPhoneの話題はまだまだ尽きない。たとえば,Webアプリケーション。iPhoneでは開発者が独自のアプリケーションを作ってインストールして利用するという使い方はできない。代わりに,搭載されているWebブラウザ「Safari」でWebアプリを利用してもらうというのがAppleの方針である(関連記事)。

 注目したいのは,今,そのSafariに最適化したWebアプリが続々登場しているということ。昨日は「Twitter」(関連記事)向けのWebアプリが公開された。今日は米NetSuiteが,本格的な業務管理アプリケーションをiPhoneで使えるようにした,という具合である(関連記事)。

 「iPhone Application List」というサイトには,世界中の開発者がWebアプリを投稿している。Webアプリだからダウンロードの必要はなく,掲載されているリンクをクリックするだけと簡単。誰もが手軽に使えるiPhoneアプリの世界が広がっている。

 iPhoneを取り巻くエコシステムがすでに誕生しているのだ。アクセサリ製品をはじめとするiPhone関連ビジネスも動き出している。

 iPhoneの販売開始後,最初の週末と独立記念日を終えた休み明けの5日,Appleの株価は,一時132.97ドルまで上昇し過去最高となった。10日の火曜には134.50ドルとさらに記録を更新した。驚くことに同社株はここ3カ月で50%近く上昇しているのだ(写真2)。まさにiPhone効果。同社に寄せる期待は日増しに高まるばかりである。果たしてAppleとiPhoneは今後どこまで突き進むのだろうか。

写真2●Appleの株価推移。今年4月13日の終値は90.24ドル。7月12日には134.07ドルまで上昇した。
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小久保 重信(こくぼ しげのぶ) ニューズフロント社長
1961年生まれ。98年よりBizTech, BizIT,IT Proの「USニュースフラッシュ」記事を執筆。2000年,有限会社ビットアークを共同設立し,「日経MAC」などに寄稿。2001年,株式会社ニューズフロントを設立。「ニュースの収集から記事執筆・編集など,IT専門記者・翻訳者の能力を生かした一貫した制作業務」を専門とする。共同著書に「ファイルメーカーPro 職人のTips 100」(日経BP社,2000年)がある。