●分散したデータセンターにあるサーバー/ストレージ群も仮想化
●コストだけでなく、スピードや高信頼性なども顧客のメリットに
●サービス像を見せて、顧客の需要を自ら作り出す
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多数のコンピュータをネットワークでつなぎ、仮想的な高性能コンピュータを作り出すグリッドコンピューティング技術に早くから取り組んできた新日鉄ソリューションズ(NSSOL)。 「グリッドのリーディング企業」を自任する同社が、そのノウハウを注ぎ込み10月から提供するサービスが「absonne(advanced business space on network=アブソンヌ)」。ITインフラを仮想化してユーザー企業に提供するサービスである。
ITエンジニアリング事業部の大城卓事業部長が、「技術的な課題はクリアした」とabsonneの実用化に確信を持ったのは2007年2月のこと。グリッドの検証センター「NSGUC」(NS Solutions Grid/Utility Computing Center)を2005年12月に立ち上げ、実証実験に入ってから1年を超えたころだ。
そこから発表までは早かった。一般に、新しいソリューションはまず顧客の需要を確かめ、先行ユーザーを確保してから事業化することが多い。しかし大城事業部長は需要調査より先に、とにかくabsonneを実用化する方向で社内を説得。10月に始めるサービスを、5月には発表に持ち込んだ。
1週間で基幹システムが動く
absonneは、ITインフラを「使った分だけユーザーに課金」するユーティリティサービスとして提供する。複数のデータセンターに分散しているサーバー/ストレージ群を、仮想的に一つに扱えることが技術的な特徴だ。ユーザーはどのサーバーで情報システムが稼働しているかを意識する必要がない。サービス提供者にとっては、空いたサーバーにユーザーのシステムを柔軟に割り当てられる利点がある。
大城事業部長がabsonneの発表を急いだ理由の一つは、「ITインフラのビジネスも、一つずつ構築しては納める従来型SIから、サービス型に早く移行しないと先細りになる」という危機感を持っていたからだ。NSSOLは東京大学などへのグリッドシステムの納入で豊富な実績を持つ。リーディング企業としては、そのサービス化でも先頭を走りたかった。
第2の理由は、「このサービスは顧客ニーズを探ってそれに合わせるより、新しい需要を喚起して使ってもらうべき」と考えたからだ。
これまで、ユーティリティに対するユーザー企業の関心は「どれだけコストを削れるかという価格面の話ばかり」(大城事業部長)。まずはこの見方を変えたかった。
仮想化したITインフラなら、大規模な基幹システムの稼働環境を、たった1週間でも用意できる。「Webビジネスなど、スピードを重視する顧客ニーズに応えられる」と大城事業部長は力を込める。
利用者数の急増やトラブル/災害発生後のデータ復旧でも、短時間で必要なリソースを割り当てられる。システムの安定稼働を支える利点も大きいはずだ。
「もちろん顧客にコストメリットを還元できるが、グリッド技術の利点はもっと広い。ユーザーを啓蒙できれば、グリッドは顧客と『win-win』の関係を築けるソリューションになる」と大城事業部長は語る。
「後はソフトベンダーの決断」
理論的な難しさはなかったが、いざ3カ所のデータセンターで検証に入ると運用にてこずった。
例えば、ネットワークでは「IPアドレスや必要な帯域をすべてオンデマンドで提供」「365日24時間、ネットワークを安定稼働」といった仕様を満たすことが条件。しかし、完全2重化したネットワークでさえ、ルーターのバグが原因でダウンといった予期しないトラブルが起こる。こうしたあらゆるトラブルを洗い出し対処策を用意できなければ、「高可用性を達成した」ことにはならない。
ネットワークの仮想化を指揮したのは、ITエンジニアリング事業部の中島達也部長。2006年初めには安定稼働にメドを付け、先行して通信サービスにも応用した(図)。
図●absonneのコンセプトと開発に当たったメンバー |
サーバーの仮想化も、検証・運用段階では一つひとつ起こり得るトラブルと対処策を洗い出していった。担当した進藤朋和主務研究員と石井隆主務研究員は「性能を出すコツやツールの使い方は、トライ&エラーで会得するしかなかった」と口をそろえる。最後は、人に依存した職人技が大きな頼りになったという。
安定稼働にメドを付けたabsonneだが、実は事業化へ残された課題がある。ユーティリティサービスに向けたソフトのライセンス体系の整備が遅れているのだ。「現状では、とても理にかなったサービス料金は導けない」と、大城事業部長はソフトベンダーに見直しを求めていく考えだ。
サービス開始まで3カ月。大城事業部長たちの勝負はこれからが本番かもしれない。