企業情報システムは,ITベンダーがユーザー企業と結んだ開発委託契約の下で開発する。 では開発したソフトの著作権は一体,誰に帰属するのだろうか。 今回はソフトの著作権の帰属について説明する

  1982年,新潟鉄工所でCAD(Computer Aided Design)システムを開発していた部長代理と課長は,会社のソフトウエア事業に関する方針に不満を持ち,退職して自分たちでソフトウエア会社を設立する計画を立てた。そして新しい会社で販売するために,新潟鉄工所で自分たちが開発したCADシステムのソ-スコードやオブジェクト・モジュール,関連資料一式を,会社に無断で持ち出した。

 新潟鉄工所は,2人の持ち出し行為が業務上横領に当たるとして告訴。そもそもCADシステムの著作権が新潟鉄工のものなのか,開発した部長代理や課長のものなのかが,刑事事件として争われることになった。

 著作権法15条によれば,会社が従業員に作成させた著作物は,(1)会社の発意,管理のもとに,(2)従業員が職務上作成し,(3)会社名で公表されるものであって,(4)就業規則や契約で著作権が従業員個人のものになると定めていない限り,その著作権は会社に帰属する。

 これに対し被告人は,ソフトウエアは新潟鉄工所の名前で公表されておらず,(3)の要件(公表要件)を欠いているので,その著作権は自分たちに帰属すると主張した。

 裁判所は,一般企業の業務用ソフトの多くが公表されてない現実を考慮。仮に公表するとすれば会社名を使うと考えられる場合には公表要件を満たす,という法律解釈を示した。その上でソフトの著作権は,新潟鉄工所に帰属すると判断した。(東京高等裁判所1985年12月4日判決,判例時報1190号143頁)

 従業員が会社のために作成する著作物のことを「職務著作」あるいは「法人著作」と呼び,著作権法15条に定められた要件を満たしていれば,著作権は会社に帰属する。その要件の1つが,「会社名での公表」(公表要件)だ。

 しかしプログラムは一般の著作物と異なり,社内で業務用に使用するだけで対外的に公表しないことが多い。このため新潟鉄工所の裁判では,「公表要件を満たしていない場合でも,著作権が会社に帰属するかどうか」が争われたわけである。

 当時は,この判決に反対の意見を述べる法律学者や弁護士も存在した。プログラム著作権の帰属については,様々な意見があったのである。

 しかし,1986年に施行された著作権法改正では,旧15条を15条1項として,その対象からプログラムの著作物を除くとともに,プログラムについては15条2項を新設し,公表要件を外した。これにより従業員が職務で作成するプログラムは,公表の有無にかかわらず,その著作権が会社に帰属することが明確になった。

 同様に派遣労働者が派遣先の企業で開発したプログラムの著作権も,派遣先の企業のものとなる。ただし従業員が職務とは無関係に自宅で開発したプログラムや,入社前の学生時代に開発したプログラムの著作権は当然,従業員のものである。このあたりはごく常識的と言えるだろう。

著作権の帰属は契約で定める

 それではユーザー企業がITベンダーに委託してソフトウエアを開発した場合は,ソフトの著作権はどちらに帰属するのであろうか?

 ユーザー企業側から見れば,お金を出すのは自分なので,著作権も自社のものにしたいと考えがち。一方,ベンダー側にしてみれば,開発したソフトを他の顧客に販売できないようでは,事業活動に制約を受けることになる。やはり自社に著作権を残したいと考えるのが当然だ。

 著作権法15条の職務著作の規定は,従業員の雇用契約や労働契約に適用されるもので,ITベンダーの「請負契約」や「委任契約」には適用されない(「請負契約」と「委任契約」については連載第1回を参照)。

 そこで著作権法の原則に照らして考えることになるが,著作権は,まず著作者自身,つまりソフトウエアを作成したITベンダーに帰属する。開発委託契約において,「ソフトウエアの著作権は,ユーザーに譲渡される」と明確に定めるケースが多いが,そうしないと著作権がベンダーに残るからだ。

 しかし,これではベンダーは不自由極まりない。この問題を回避するには,2つのアプローチが考えられる。第1は汎用性のあるモジュールやサブルーチンについて,ベンダーに著作権を残す旨を明記した契約を結ぶ方法だ。第2が著作権はユーザー企業に譲渡するが,ITベンダーも自由に使用できる契約を結ぶ方法である。このような契約条項の例を図1図2に示したので参考にして欲しい。

図1●プログラムの構成部品を共有する契約の例
図1●プログラムの構成部品を共有する契約の例

図2●プログラムの使用権をベンダーにも与える契約の例
図2●プログラムの使用権をベンダーにも与える契約の例

 政府が民間のITベンダーに,ソフトの研究開発を委託するケースについても触れておこう。

 従来,政府が委託するケースでは,ソフトの著作権はITベンダーから政府に譲渡する契約を結ぶのが一般的だった。しかしITベンダーからすれば,知的努力の成果を自社の事業活動で活用できないのでは,委託研究に対する熱意が失われる。

 このため1999年に制定された「産業活力再生特別措置法」では,委託研究の成果を政府が利用できることを条件に,著作権などの知的所有権をITベンダー側に帰属させてもよいことにした(30条)。法律上,ベンダーが著作権を保有する道が開けたわけだ。ただし現実の契約でベンダーが権利を取得するためには,政府側の契約担当官を説得する必要がある。

フリー・ソフトの利用は慎重に

 Web上で無料で公開されているソフトやドキュメントを自社のソフト開発に利用するケースはどうだろう。

 注意すべきなのは,Web上でソフトやドキュメントを公開している人の中には,著作権を留保している人が多いことだ。また,ソフトを無料で利用できる条件として「改良ソフトの無料公開」を条件としていることもある。この場合は,公開されているプログラムをベースに改良ソフトを作っても,自社の営業には使えないことになる。タダほど怖いものはない。フリーソフトのライセンス条件は慎重に検討しなければならない。

 次回は画面表示などインタフェースの著作権に関して解説したい。

辛島 睦 弁護士
1939年生まれ。61年東京大学法学部卒業。65年弁護士登録。74年から日本アイ・ビー・エムで社内弁護士として勤務。94年から99年まで同社法務・知的所有権担当取締役。現在は森・濱田松本法律事務所に所属。法とコンピュータ学会理事