今や電子メールは,ビジネスの上でも社会生活の上でも不可欠なアプリケーションになった。その一方で,ウイルス・メールや迷惑メール(スパム),フィッシング・メールなど,メールを使った不正行為や詐欺行為は後を絶たない。メールの重要度は高まっているにもかかわらず,全面的には信頼できないというジレンマに陥っているのが現状だ。

 この状況を打開する可能性を感じさせるサービスが登場しそうだ。インターネットイニシアティブ(IIJ)と米GDX Networkの合弁会社「GDX Japan」が今秋提供予定の,企業向けメール・サービスがそれである。

不特定多数のユーザーを想定していなかったSMTP

 メールを使った不正行為や詐欺行為は,メールの標準プロトコルであるSMTPが本来持っている脆弱性を利用しているものが多い。送信元を詐称したり,受信側が意図しない大容量のファイルを送りつけたりといった行為を防ぐ手だてを,SMTPは持っていない。

 SMTPを規定したRFC821が作成されたのは,1982年のことである。つまり現在これだけ普及した電子メールは,25年前の技術をベースに構築されている。オープンソースのメール・サーバー・ソフトを開発した米SendmailのCSO(Chief Science Officer),エリック・オールマン氏は,昨年来日した際の講演で,「SMTPは当初,ここまで不特定多数のユーザーが広く利用することを想定したものではなかった」と打ち明けている。

 それでもこれまでは,ウイルス対策ツールやスパム対策ツールなどの進化によって,メール・システム全体の安全性を,実用に耐えうるレベルまで高めることができた。しかしこれらのツールはいずれも,メールの持つ脆弱性を根本的に解消するものではない。

 また,企業の情報伝達手段として考えると,機能的に不足している感は否めない。送信したメールが確実に届いたかどうかを確認できないという「不確実さ」を解消できない限り,電子メールはいつまでも,電話や宅急便などに次ぐ立場から脱却できないだろう。この状況を打開する「次世代電子メール」とも呼べる技術が,いずれ必要になるのは間違いない。

アプライアンス経由で身元の確かなメールだけを送受信する

 GDX Japanが提供を予定する新サービスの狙いは,メールが持つ脆弱性や,機能不足を解消することにある。具体的には,サービスを利用する企業間のメール送受信を,安全・確実にすることだ。そのためにGDX Japanは,SMTPとは異なる技術を使ってメールをやり取りするシステムを開発したという。

 独自方式のメール技術というと,一昔前のパソコン通信やVANなどを想像してしまいそうだが,そうではない。インターネットを使って通信するシステムであり,Outlook Expressなどの既存メール・ソフトもそのまま使える。

 サービスを利用するにあたって企業側で必要な作業は,社内LANに「GDX box」と呼ばれるアプライアンスを設置し,メール・サーバーの設定を変更することだけである。利用企業の従業員が送信したメールは,メール・サーバーを経由して,このGDX boxに送られる。

 もしメールの宛先がGDXのサービスを利用している企業のユーザーだった場合,GDX boxはメールのデータを暗号化した上で,宛先の企業に設置されたGDX boxに送信する。宛先がサービス利用企業でなかった場合は,これまでと同様インターネットに向けてメールを配送する仕組みである。

 この,特定の企業間だけで情報を確実にやり取りできるという仕組みは,SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に近い。GDX boxを使ってやり取りするメールは,身元が確かな企業ユーザーのものだけである。もちろん,サービス利用企業が意図せずウイルス・メールを送信する可能性はあるため,これまで通りウイルス対策などは必要だ。しかし,インターネット経由で送られてくるメールよりは安全で,詐称などの危険性が低いのは確かだ。

 また,GDX boxには,送受信の履歴を保存する機能や,時刻認証の機能なども搭載される予定だという。これらは企業間でメールを使って重要データをやり取りする場合には,不可欠な機能である。

米国でも同様のサービスを指向するベンチャー企業が登場

 これ以上の詳細については,GDX Japanが明らかにしていないため,分かっていない。

 もちろん,GDX Japanのサービスには課題も多い。メールの信頼性を確保するには,メールをやり取りする企業がどちらもサービスを利用している必要がある。企業からすれば,めぼしい取引先がサービスに加入していないのであれば,利用するメリットが小さい。また,サービス利用企業が増えてくると,サービスの存在を前提に,スパムまがいのメールを配信する企業が登場する可能性もある。企業向けに特化し,一般ユーザー向けのサービス提供は予定していないので,自宅作業中の社員とのやり取りには利用できない。どこまでサービスが普及するかは未知数だ。

 それでも,既存の電子メールが持つ脆弱性や不足する機能を補うメール・サービスであるというだけで,注目に値するのではないだろうか。

 誤解していただきたくないのだが,このGDX Japanのサービスが「次世代電子メール」そのものだと言いたいわけではない。既存の電子メールの枠組みを超えて,新しいメール・システムを構築しようという動きが始まっている。お伝えしたかったのは,そうした動きの一つとしてGDX Japanのサービスが始まる,ということである。

 米国でも,同様のサービスを指向するベンチャー企業がいくつか登場しているようだ。そういったサービスが広がれば,いずれはサービス間を相互接続をする動きも始まるだろう。インターネット上で利用でき,かつ既存の電子メールよりも優れた「次世代電子メール」は,こうした動きの中から生まれるのかもしれない。